バリアフリーな社会を創ろう!

WE(フリー・ザ・チルドレン)は、若きチェンジメーカーが障害のある人や共生社会への理解を含めることを目指したワークショップを、カナダのオンタリオ州政府と共催しています!(清田)

https://www.we.org/stories/creating-an-accessible-ontario/

 


WEグローバル・ラーニング・センターの一室にある席に座りながら、11歳のヴェロニカ・カンスンズは机に置かれた白紙の紙を眺めていました。

カラーマーカーで覆われた机から、ヴェロニカと同じMcMurrich Junior Public Schoolの生徒たちが、お気に入りの色のマーカーを選んでいきます。

 

5年生と6年生が混ざっているこのグループは、McMurrich’s WE Schools Clubの部員たちです。

彼らはいま、自分の心の器の大きさを絵で表現しようとしています。これは、WEとオンタリオ州の高齢者・バリアフリー省が共催しているワークショップのフィナーレを飾る最終課題です。

このアクティビティーの狙いは、ヴェロニカや他の部員の芸術性の高さをアピールすることではありません。ここでアピールするべきなのは、彼らの共感力の豊かさなのです。

 

15回に渡って構成されているこのワークショップは、小学校高学年・中高生を対象としています。

オンタリオ州でのバリアフリーについての理解を深め、共生社会を実現するための知識や技能を身につくことを目的としています。

 

ヴェロニカは近くにあったマーカーを掴み、作業に取りかかりました。

 

このワークショップはまず、「言葉」について考えることから始まりました。

ここで考える言葉の中には、普段は使うことを控えるような言葉をあえて含んでいます。

「目が不自由な人」「耳が聞こえにくい人」「のろま」などです。これらの言葉を、「人を傷つけてしまう」か「許容範囲」かどちらかどちらのカテゴリーに当たるかを考えながら分類していきます。

こうすることで、障害についての議論などを、当事者の人たちの尊厳や人権を守りながら進めていくことの大切さを学んでいくのです。

 

(訳注:本段落には、現代の日本社会では不適切とされている表現が含まれていますが、原文の内容や意図を考慮し、あえてそのような表現を使用しています。訳者・及び当団体が不適切表現を肯定しているという意図は一切ございませんので、ご理解頂けますと幸いです。)

 

その次に行ったのが、バリアフリーに関連する法律の年表作りです。

「障害があるオンタリオ州民のためのバリアフリー法」などを、年表の中で制定された年にマッチングしていくアクティビティーを行うことで、カナダや世界のバリアフリーの歴史を学びます。

ヴェロニカは、「障害がある人たちにも他の人たちと同じように権利がある」という当たり前のことを明確にした「障害者の権利に関する宣言」が、1975年の国連総会という、比較的最近の時期に採択された宣言だったということを知ってとても驚きました。


誰も取り残さないデザインを考える

 

 

ワークショップのトリを飾るのが、「インクルーシブ・デザイン・チャレンジ」です。共生社会の理念を体現した商品やサービスを考え、発表し合います。

つまり、身心の障害の有無や、性別、言語、年齢の違いに関わらず、多くの人が使えるモノを考え、発表し合うのです。身近な例でいえば、自動ドアや、公共交通機関の音声アナウンスもインクルーシブ・デザインに当たります。

 

このチャレンジでは、生徒たちにシナリオが与えられます。そのシナリオは、障害がある人たちが直面する困難を提示したモノです。

生徒たちは、それぞれのシナリオで提示された問題に対して「独創的な解決策」を考えます。

 

ヴェロニカたちのグループの課題となったシナリオは、「両手を負傷した若者の『日記を書きたい』という願いを叶えるために何ができるか?」というモノでした。

ヴェロニカたちはどのような解決策を思いついたのでしょうか?それは「録音機能のあるマイク付きのヘッドフォンでスピーチを録音して、その内容をデータ変換して、そのデータをロボットアームにインプットして、ロボットアームで日記を書く」というモノでした。

「発明家になった気分で、誰かの人生を変えるデザインを考えることはとても面白かったです!」ヴェロニカは語ります。

 

他のグループは「この男の子は学校のダンスパーティーに出たいのだけれど、自閉症を抱えていて大きい音に敏感なので、ダンスパーティーに参加するのが難しい。この男の子のために何ができるか?」というシナリオでした。

このグループが考えたのが、「音をスピーカーで流さないディスコ」でした。「ダンスをする人に、音量調節を自由にできるヘッドフォンを渡すやり方にする方が、スピーカーで音楽を流すよりも男の子にとっては楽なのでは?」という意見から生まれたアイディアでした。

他のグループは、算数を学ぶのに苦労している弱視の2年生に対しての解決策を考えました。

グループの提案は、それぞれの数や符号を表すブロックを創って、手で触って勉強できるようにするというモノでした。点字と似たようなモノですね。

 

生徒たちは、この社会で暮らすひとたちみんなが、能力の差異に関わらず平等に生きているということを感じられる社会にするために、人が生活する場をバリアフリーにしていくことの重要性を学びました。

ヴェロニカは、将来的にはトロントの公共交通機関全てが、車いすや他の移動支援機器で利用できる未来がくることを望んでいます。

 

WEでモチベ―ショナル・スピーカーとファシリテーターをしているトーマス・ホイヤー・ウッドは、今回のワークショップの担当者のひとりでした。

 

「他のグループの生徒たちが、自閉症を担当していたグループの生徒たちと一緒に協力しながらアイディアを出し合っていた場面を見られたのは嬉しかったです。アイディアや考え方を話していくなかで、問題意識や共感力が育まれていったのでしょうね。」

 

日々の暮らしのなかのバリアフリー

 

 

 

今回のワークショップは、教師にとってもためになる内容だったようです。

 

McMurrichのWE Schools Clubの顧問を務めているカムーラ・ラームバランは、今回のワークショップで学んだことを今後の自身の授業でどのように活かそうかと考えていました。

国語の授業で、「言葉」について考える機会を設けることや、理科の授業で、インクルーシブ・デザイン・チャレンジで考えたデザインを簡素化した用具を創ることなどを考えています。

 

「ワークショップは、日々の暮らしのなかのバリアフリーについて考える良い機会でした。」カムーラは語ります。

「ファシリテーターが小学校高学年生にも分かりやすいように説明をしていたのが好印象でした。アットホームな環境の中で、様々な実践活動を通じて、生徒たちはたくさんのことを学んだと思います。」

 

スケッチを終えた若きチェンジメーカーたちは、ワークショップを終えた後にできることについて話し合いました。

ある生徒は、障害がある人たちにも居心地が良い社会をつくるためにできることをしたいと話していました。

他の生徒は、「当事者の人を傷つけてしまうような言葉や、差別的な言葉を使っている人がいたら注意したい」と話していました。

ヴェロニカは、「バリアフリーな暮らしの場を創るために、今回のワークショップで学んだことを家族や友達に伝えて、みんなそれぞれにできることがあると知ってもらいたい」と話していました。

 

生徒たちが話し合いながら描いた絵や出したアイディアは、未来のバリアフリーな社会の青写真となるでしょう。

 

(原文記事執筆:ゾーイ・デマルコ)

 

 

 

 


「反体制派の罪人」から、「社会を変えた聖人」となったキング牧師:歴史的観点から、社会運動の意義を考える

クレイグとマークのコラムの紹介です。

 

https://www.we.org/stories/using-historical-activists-to-shape-our-perspectives-on-the-social-movements-of-today/

 

アウンサンスーチーが、カナダで新たな歴史をつくりました。

わずか6人の外国人にしか授与されていない名誉市民号を

はく奪された初の人物として、ミャンマーの実質的なリーダー

が名を刻むこととなりました。アウンサンスーチーが率いる政

権が、少数民族のロヒンギャを迫害しているからです。

 

かつての英雄の失脚が、いまあちこちで起きています。「歴

史的偉業」を成し遂げたとされる人たち、「大英帝国の偉大

な政治家」と言われていたセシル・ローズや、カナダの初代

首相まで、あらゆる「偉人」が、否定的な評価を受けるように

なりつつあります。

 

歴史の再考というのは、否定的な評価をもたらすという側

面がある一方で、新たな肯定的評価をもたらすということ

もありえます。「現在の反乱分子」が「未来の英雄」になる

というのはよくあることです。歴史を考える際に忘れては

いけないのは、「長いスパンで考える」ということです。社

会正義の問題については特にそれが大事です。また、現

在の社会運動を考えるうえでも、その視点は重要です。ブ

ラック・ライヴズ・マターや、#MeToo、アメリカでの銃規制の

強化を求める若者たちの運動や、カナダの先住民の人た

ちが権利や自己決定権を求めている運動など、現在批判

を受けることもある運動を考える際においても。

 

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師を例にして話を

しましょう。生前のキング牧師は、ベトナム戦争への反対な

ど、当時のアメリカ社会では「非主流」な主張を訴えていま

した。キング牧師が暗殺される2年前に行われた世論調査

では、キング牧師の考えを支持する人は33%に留まってい

ました。半世紀経ったいま、キング牧師はアメリカの聖人と

して、多くの人に尊敬され崇拝されています。しかし、その

崇拝の実態は、「私には夢がある」のスピーチを教科書で

見て感動するというくらいで、キング牧師の思想や活動を

知る人はそれほど多くいません。

 

大統領選に出馬したこともある活動家のジェシー・ジャクソン

牧師は、ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、キング牧師を、

「アメリカで愛された筋金入りの急進主義者」と表現し、「デモ

で演説してた人」としてではなく、「社会正義のために闘った

殉教者」として記憶されるべきと評しています。生前は「非主

流派の活動家」評されていたキング牧師が、現在は、「社会

正義の英雄」と称えられているのを見て分かる通り、私たち

の目の前で起きている社会運動を、私たちが正しく評価でき

ていて、その評価がずっと未来も続くとは、実はとてもいえな

くて、むしろいま起こっている運動への評価は、間違っている

場合も多いのです。

 

キング牧師を教科書で学んだ私たちは、「人種差別は絶対

にいけないことだと思います」と模範解答のように学校で答

えながら、「もし自分も60年代に生きていたら、キング牧師と

共に肩を組んで歩き人種差別反対を叫んで共に立ち上がると

思います。」と軽々と言えてしまうかもしれません。でも、それ

は私たちが差別をいけないと思っているからなのでしょうか?

それとも、正論を言って、「意識高い自分かっこいい!」という

自己満足に浸りたいという密かな欲望からでしょうか?「キン

グ牧師を尊敬する」と口では言いながら、いま差別や不平等

に対して声を挙げて運動をしている人たちに対しては、「冷め

た目で見てしまう」あるいは「参加するのを躊躇してしまう」と

思っているあなたも実はいるのではないですか?

 

実は、公民権を求める抗議活動が起こっていた当時、大半

のアメリカ人は運動に賛同していませんでした。む

しろ、キング牧師の運動はアメリカに痛みや負担を

押し付けたという評価をした人が大半でした。もっと

身近なところでいえば、カナダで女性参政権を求め

る運動が起きていた20世紀初頭、大半のカナダ人

は女性参政権に反対していたのです。また、カナダ

の先住民の子どもたちに対する同化政策に反対の

声を挙げていた人たちは、ごくわずかでした。

 

「いまでは当然と思われていること、人種隔離

政策の撤廃や同性婚、女性参政権は、かつて

は『過激な思想』として扱われてきたのです。」

カリフォルニアのオクシデンタル大学の政治学

者、ピータ・ドライエル教授はそう語ります。

 

現在では、キング牧師の主張は普遍的価値として受け入

れられ、カナダの女性運参政権を求める運動を行った女

性たちは、英雄として称えられています。カナダの先住民

の同化政策は、謝りだったとカナダ政府も認めています。

現在の社会運動を見る際も、このような過去を踏まえて見

る必要があります。いまも社会運動に対してはいろんな批

判があります。現職の政治家が、デモをする人たちを「暴

力行為を行う人」という趣旨で非難したり、セクハラの被害

者に対して連帯の声を示す議員たちを、「票稼ぎのパフォ

ーマンス」という趣旨で非難する人たちがいたり。しかし、

そういった声を聞いた時も、運動について長期的な視野で

見ていくことを忘れないことが大事です。

 

私たち兄弟も、キング牧師の生き方、社会を良くしていくた

めの奉仕活動に大きな影響を受けてきました。とはいえ、そ

れは私たちが個人の意識としてキング牧師を尊敬していた

というだけでなく、私たちが生きてきた時代や社会が、「キン

グ牧師を偶像化していった」過程にあった世の中の空気を、

無自覚に私たちが反映していたという側面があるということ

も認めざるを得ません。社会や時代がキング牧師をある意

味で偶像化していた面があったということに関して、私たち

自身が長いあいだ無自覚でいたということは確かです。私

たちはキング牧師ともう一度向き合う必要があると思いま

す。そして、キング牧師が登場する以前に社会を改善して

いった人たちのことも知る必要があります。では、歴史の本

を読んでいけばそれで良いのかと言えば、それも違います。

キング牧師の思想や理念を実現するために、「いま」運動し

ている人たちと共に、アクションを起こすべきなのです。

 

「キング牧師は過激だ」、「キング牧師は理想が高すぎる」、

「キング牧師の掲げる理念はいまの時代にはまだ早い」。キ

ング牧師はそう言われ続けてきました。そして、そのような批

判は、いまの時代の活動家に対してもよくあるものです。しか

し、過去を見れば、そのような批判はそれほど気にするべきこ

とではないということが分かります。立ち上がった人々が起こし

たムーブメントに、社会はだいぶ遅れて後からついていくという

のは、「お決まりのパターン」ですから、気にする必要は全くあり

ません!50年後には、そのムーブメントがいまとは全く違う評価

を受けている可能性もあるのですから!

 

いまさらキング牧師と一緒に行進しようと思っても、それは

もう叶いません。でも、社会を変えるムーブメントに加わる

ことはいつでもできます。いますぐにでも!

 

参考リンク

カナダの名誉市民号をはく奪されたアウンサンスーチー

 

https://www.bbc.com/japanese/45674772

 

セシル・ローズの銅像を撤去した南アフリカの大学

 

http://www.afpbb.com/articles/-/3044987

 

先住民からの批判を受け撤去されたカナダ初代首相の銅像

 

https://thegroupofeight.com/2018/08/15/john-a-macdonald/

 

反戦運動など、様々な運動に取り組んでいたキング牧師

 

https://megumiboxy.exblog.jp/d2018-06-16/


存命時はキング牧師に批判的だったアメリカの世論と現在

のキング牧師への評価の違い

 

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/17/c/032900014/


 

ジェシー・ジャクソン牧師のニューヨーク・タイムズへの寄稿

(英語)

 

https://www.nytimes.com/2018/04/03/opinion/jesse-jackson-martin-luther-king.html


過去の先住民政策を謝罪したカナダ政府

 

https://www.huffingtonpost.jp/yuki-murohashi/canada-change_b_8848234.html

 

デモを「暴力行為に等しい」という趣旨で批判した現職の政

治家(発言自体は後に撤回)

 

https://www.sankei.com/politics/news/131202/plt1312020018-n1.html


セクハラ行為を受けた被害者に対して、連帯の意を示した

議員の多くがネットなどで「パフオーマンス」と揶揄されてい

る現状を危惧する声

 

https://www.yomu-kokkai.com/entry/yatou-metoo

 


[ピープル・ファースト」で、ハリケーンからの復興支援に携わるテキサスの高校生たち

2017年、アメリカのテキサス州に大きな被害をもたしたハ

リケーン「ハービー」。地元のSharpstown高校の生徒たちは、

被災者に寄り添った革新的な復興支援を行っています。(清田)
https://www.we.org/stories/high-school-students-strengthen-community-through-volunteer-work-after-hurricane-harvey/

 

 

 

2015年秋、テキサス州ヒューストン南西部の小さな町、

Sharpstownの住民たちは、栄養豊富な食料の入った袋

を求めて並んでいました。供給食料を補充しているのは、

近隣のフードバンクではなく、地元のある高校でした。高校

生たちは、アポロマーケットと称していましたが、それは、

Sharpstown高校の生徒ボランティアが運営する放課後プ

ロジェクトでした。

 

当時、Sharpstownは、食料備蓄が不十分な町として、全米で

2番目にランクされていました。長年の協力組織であるHealth

corpsとヒューストン・フードバンクからの支援を受け、このよう

な悪評を返上するために、アポロマーケットのフードプログラ

ムは始まったのです。また、一方で、生徒たちには、自分たち

が暮らしている町を見直す機会を提供したのです。10年生の

ミシェルは、「私が幼いころから、父は善い行いをする

よう教えてくれました。それで、私は、いつも助けにな

ることをしたいと思っていました。」と言っています。
 ところが、残念なことに、その機会が失われたのです。昨年

の6月、ヒューストン・フードバンクはその資金を失い、その影

響は、アポロマーケットの運営原資にも及びました。

 

生徒たちは、がっかりはしましたが、挫けることはありません

でした。スペイン語の準教員Carlos Quinteroは、他のところを

あたって、社会的な活動に献身する生徒たちを支援する方法

を探しました。そして、すぐに、彼はWE(フリー・ザ・チルドレン)

を見つけたのです。
 

このWEスクールプログラムは、教室で学んだ奉仕を実践

する手段を探していた教師たちにとってうってつけの支援

で、完璧に適合するものでした。それは、すでに、世界を

良くしたいという熱意を育む機会になっていた地域でのボ

ランティア活動を、生徒たちにさらに後押しするものでした。

そして、Carlosが取り組もうとしていた、アポロマーケットの復

活のための事業を独自で行うことも可能だったということが、

最も魅力的な点でした。
 
彼が、生徒たちをWEに紹介してまもなく、あのハリケーンが

襲いました。その後の荒廃の中で、Carlosによる教室での指

導が、実生活の場で試されることになったのです。

 

2017年8月、史上最高を記録した豪雨がテキサス州、ル

ジアナ州で降り、カテゴリー4の猛烈な嵐による大被害は、

ハリケーン;ハービーによるものでした。ヒューストンの学校

は、27兆ガロン(約1000億トン)の雨がおさまるのを待ってか

ら、扉を開けて生徒たちを中に入れました。Sharpstown高校

の生徒たちが、ようやく学校に戻った時、知る必要があると思

ったことは、どうすれば自分たちの町を助けることができるか

ということでした。これは、州全体で125億ドル(約1.25兆円)と

いう被害報告がきっかけでした。

 

幸いなことに、Carlosの生徒たちは、一つのアイデアを持

っていました。

 

クラウドファンディングGo Fund Meのウェブページとアンケ

ートを手掛かりに、被害を受けた家庭の個別のニーズをく

み取る方法を編み出したのです。次にやったのは、活動の

目的を広く知ってもらうための広報と、地域の状況を回るこ

とでした。彼らの予想以上の支援が、こちらから20ドル、あ

ちらから100ドルという具合に、殺到しました。それで、活動

への支出ができるようになりました。WEスクールパートナー

であり、WE Volunteer Nowキャンペーンの後援者でもある保

険会社Allstateが乗り出し、7000ドルという額の資金立ち上げ

につなげました。この後、Healthcorpsが、生徒たちとのパート

ナーシップを復活させたいというニュースが入ったのです。こ

の組織は、以前、Sharpstown高校でのアポロマーケットの立

ち上げを援助した地域支援組織です。その後、一度の基金設

立イベントで、10000ドルが、財源に加わりました。

 

 

 

生徒たちは、今や24000ドルを手にし、自分たちの町を支

援し、アンケートの結果を活用して、次のステップを周知さ

せました。Carlosの見るところ、支援組織は、生徒たちが、

アポロマーケットの再開を望んでいると思っていたようです。

しかし、地元でのアンケートから、生徒たちは、家の修繕から

被災者のための仮設住宅まで、さまざまなニーズがあること

も学んでいました。

 

ニーズ自体は、近郊を含むSharpstownの復興にとって目

新しいものではありません。日常的に、差し迫ったニーズ

を持つ家庭があります。とCarlosは明言します。とはいえ、

この24000ドルには、ハリケーン;ハービーの被害を受けた

家庭のためという特別な事情がありました。それで、その事

情に合わせた調整が必要です。生徒たちの新しいサービス

ラーニングプログラムを通じて、教室での授業を求める声

が上がり、彼らは、当座の問題を解決するだけの従来の支

援モデルに、WEの持続的な支援モデルを加えました。

 

Carlosの指導で、生徒たちは、ささいなことでも大事という

ことを学びながら、ニーズの緊急性を評価することから始

めました。地域内の企業の助けを借り、1袋20ドルの予算

で、トイレットペーパー、歯ブラシ、タオルといった必需品を

袋に詰めました。それから、アンケートと地元との対話で集

めた情報を生かして、生徒たちは、さまざまな復旧のニーズ

を関連付けし、それぞれの家庭のニーズが、他からの支援

によっても充足できるようにしました。ある家族の浴室修繕

を手伝う配管工に来てもらう一方、家の改装経験を持つそ

の家族の父親は、その配管工の家の床の修繕を手伝うと

いう具合です。

 

生徒たちが、もっと、WEのサービスラーニング・カリキュラム

を深められるように、Carlosは、生徒たちのグループを支援

する新しい手法を探しています。彼が結論付けているように、

WEという組織の本質は、みんなが自分たちのグループある

いは地域の課題にどう取り組むか、また、それをどう広げて

いくかということです。

 

今のところ、Sharpstown高校は、ハリケーン;ハービーの被害

復旧に注力しています。去る2月に、Carlosと生徒たちはアポ

ロ・エイド・デイを主宰しました。これは、生徒たちが、この大嵐

の被害を受けた地元の37家族に面会するというアウトリーチ支

援と学習のイベントでした。これを元にしたプランは、さらなる資

金集め、もっと多くのアポロイベント、そしてもちろん、アポロマー

ケットを支援し、運営していく活動になっていくのです。

 

彼の生徒たちが、資金の減損や自然災害の被害を乗り越

えながら、できることは何かを知ることができるように、Car

losは彼らの自主性に任せるつもりでいます。「生徒たちに、

活躍の機会や自分たちの本領を発揮するチャンスを与えれ

ば、彼らは、進んでそのチャンスを掴み、それを実行するで

しょう。正しい枠組みと指針がありさえすれば、子どもたちは

輝く、それを理解していることが大事なのだと、私は思います。」

このように、Carlosは断言します。

 

(原文記事執筆:サラ・フォックス 翻訳:翻訳チーム 山下

正隆 文責:清田健介)

 


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