安全な学校で学びたい!:エチオピアのwash Kolati村に新しい校舎ができるまで

 毎年発生する洪水で、学校が水に流される事態が毎年起きていたエチオピアのAwash Kolati村。

この村に新たな校舎ができるまでの足跡を辿りました。(清田)
https://www.we.org/stories/new-school-inauguration-ethiopia/

 

 

2013年、25歳のMustepha Birkaが、Awash Kolati小学校に校長として異動すると初めて聞かされた時、彼は、この新しいポストに就かずに、教師としての職を辞そうと考えていました。
 

「ここでの職を受ける以前に、みんながこの学校での問題について話しているのを耳にしたことがあったので、こっそりここに来て、実情を調べてみたのです。」
その学校は、中央エチオピアの高地に広がる農村部の農場地帯のど真ん中に位置し、周囲をそびえ立つ山々に囲まれた浅い谷間にありました。この地域は、冷涼な気候と降雨に恵まれ、ほとんどの住民が従事しているコーヒー栽培にとって理想的な地域となっています。

しかし、毎年、6月〜8月にかけての夏の間の降雨は、強風や洪水をもたらし、流れ下る通り道にあるあらゆるものを押し流してしまいます。
 

教室は、こういった大洪水の被害を最も大きく受けていました。

村びとの手によって、木と泥煉瓦で建てられた教場は、いつも修理を必要とする状態にありました。

村びとは、きりのない再建を持続するのに苦しんでいました。

新築の教室で、元気に手を挙げる子どもたち

 

ある日の午後、45歳の農家婦人、Jembere Bekeleが、下校する二人の子どもを迎えに車でやってきた時、鉄砲水が、うなりをあげて山から下ってきて、彼女のまさに目の前で、1教室が消え失せました。

幸いにも、その教室には誰もいませんでした。しかし、そのわずか30分ほど前には、子どもたちがいたのです。
 

子どもたちは、その鉄砲水に巻き込まれたかもしれません。彼女はそれを思い出して、間一髪だったと、いまだに身震いします。
この一部始終を知って、Birkaは、最初は校長の職を断りました。

しかし、彼の上司は、強く勧め、また、若手教師として、彼に選択の余地はありませんでした。

そこで、彼は、このポストを受けて、この学校の状態を改善することを希望しました。

もっとも、それは、授業に不快感を覚えるような教室のことだけではありませんでした。彼は、黒板、机、いすといったものを含め、恒常的な学用品の不足を記憶に留めています。生徒たちは、暗くて風通しの悪い教室内の汚れた床に座って授業を受けています。洪水がやってくるような雨期には、戸外の木の下に座ることもあります。
 

そんな環境は、彼にとって重荷でした。

Birkaは、彼の赴任から1年後に教員研修生として学校にやってきた、後に妻となる女性と出会うことになるのでしたが、それでも、当時は、別の学校への異動を希望し続けました。

は、周りの職員に自分のイライラをぶつけてしまったことを認めています。
 

旧教室と新教室の比較

 

Birkaは、[端の方がネズミにかじられた学校登録台帳の該当ページのしわを伸ばしながら、私は、よく教員たちに手紙を送りつけ、彼らが何かミスをしたら、いつでも彼らの給料をカットしていました]と、話します。
 

2年間、Birkaはその学校を運営し、村びとが教室を2度にわたって再建するのを目の当たりにしました。

それは、一見、無駄な繰り返しにみえました。

しかし、2015年、学校のPTAメンバーであったZeweditu Alemuが、近くのある村を訪れ、その村に新しく建設された学校に注目しました。そ

の学校は、教室、図書室、男女別トイレ、生徒たちと集落に飲み水を供給する給水所などを、すべて備えていました。
 

私は、ここに建設されたような学校を見るのが夢でしたと、Alemuは言います。

彼女は、それが、エチオピア国内でのWE(フリー・ザ・チルドレン)のパートナー、イマジンワンデイによって建てられたと言うことを知りました。

この団体は、地域の複数の集落と連携して、学校施設の改善のために活動し、生徒たちが学校に就学し、通い続けたいという気持ちになることを目指しています。

彼女たちPTAは、すぐにイマジンワンデイに連絡を取り、支援を求めました。
 

「私たちは、毎年の再建に煩わされていました。私たちは、1度建てたら永続する恒久的な教室を建てたいと思いました」と、Bekeleは、話します。
農家婦人のBekele自身、読み書きはできませんが、環境や男女にかかわらず、子どもたちのすべてが学校に行くように主張し続ける、数少ない親の一人です。彼女の教育へのこだわりは、よく知られているところです。

 

 

PTAや校長、村の女性団体、行政、村のモスクのイマームなど、多くの人が新校舎の建設に尽力した

 

彼女は、富裕なコーヒー農家に生まれましたが、両親は、娘の教育には何の価値もないと信じていました。

彼女は13歳で結婚しましたが、夫は、彼女が学校へ行きたいというと、いつも暴力をふるう男でした。

ある夜、近くの公立学校の授業に出るという夫に反対すると、夫は、彼女をひどく殴りつけ、そのため、彼女の右太ももに、一生消えない傷が残りました。結局、彼女は、夫の元を去りました。

しかし、読み書きを習うことはありませんでした。彼女は、8人の子どもたちが、自分と同じ運命に苦しめられないようにしようと心に決めているのです。
 

[私が、こんな惨めな状態でいる理由は、自分が教育を受けなかったからです。私は、子どもたちが、読み書きできないという私と同じ人生を歩んでほしくないと思っています。無教育は、みんなを暗闇に押し込めるようなものです]と、彼女は、言います。
 

Awash Kolati村の多くの親は、子どもたちを、危険な状況にある学校におくリスクより、家庭に留めておく方を選びました。

これが、生徒たちの間での不登校や中退率の高い原因となっていました。学校は、新入生や講師を引き留めておくのにも苦労していました。
 

新しい学校建設に着手するには、その前に、村自体を教育しなければなりませんでした。

農家婦人のBekeleは、教育の力について他の親や村のリーダーを納得させるため、特別委員会に加わるよう誘われました。その後、イマジンワンデイが、学校のスタッフにもめ事の解決、目標設定、指導方法の向上といった大事な生活スキルやリーダーシップスキルの研修を始めたのです。

 

新築の教室は学用品もたくさん!

 

2016年6月、現地の教育局とイマジンワンデイは、村の受け入れ体勢ができたと判断し、Awash Kolati村の小学校が、修復の優先順位トップになりました。

しかし、悪いことに、もう一つの大きな障害が、文字通り、進路を妨害していました。

つまり、村までの有効な道がなく、新しい学校用の建設資材を配送する方法が無かったのです。
 

そこで、その後の6ヶ月にわたって、Bekele他、村のリーダーたちは、村に至る新しい道路建設に役立つ資金集めと作業員の確保に動きました。

また、彼らは、教育への献身のしるしとして、学校建設費用の20%を負担することにも同意しました。残りの資金は、寄付で賄うことにしました。
 

農家は、寄付金に当てるため、保管していた種を収穫前に売りました。

モスクの金曜礼拝中に、イマームたちは、信徒を勧誘し、可能な限りの貢献を求めました。

BekeleやAlemuのような傑出した女性たちは、個人的なつてを頼って、人々に寄付してくれるよう説得しました。余裕のない人たちに代わって寄付するために、自分たちの貯蓄に手をつけることさえしました。
 

村びとたちは、長年の夢であった学校を現実のものにするに足る資金を、いったいどうやって集めようかかと当惑したことが、一度ならずありました。

士気を維持するために、委員会を動員して、荒れた状態の教室を視察するツアーを催しました。
 

その際、Bekeleは、永続的な解決のためにまとまった資金を提供するのがいいか、毎年、元の学校を建て直し続けるだけで、私たちの子どもをそんな非効率な環境で学ばせ続けるのがいいのかと、参加者に問いました。

彼女の作戦は、大成功でした。

 

多くの人に祝福された新校舎の完成

 

 

2年後の2018年11月に、8つの教室、男女別に分かれた8室のたて穴式トイレ、図書室、運動場、給水所が、Awash Kolati小学校にできました。その晩、近隣の村々から数百人の人々が、不意に学校を訪れ、お祝いに熱狂しました。Bekeleは、一番下の息子を連れて、教室をゆっくりと歩いて見て回りました。彼女は、幸福感で輝いていました。
 

「私は、いつか、崩れ落ちた古い校舎で自分の子供たちが死んでしまうかもしれないと、いつも心配していました。今や、私の一番の心配は無くなりました。もし明日、私が死んでも、悔いはありません。この学校の完成を見ることができたのですからと、彼女は言います。
 

校長のBirkaにとって、Awash Kolati小学校の校長としての職を受ける決心をしたことは、よい結果を生み続けています。
 

私は、この学校の建設を自分の遺産にすると決めました。それが、私が、まだここに留まる理由です。私は、これからのこの学校の教師と生徒にとても大きな光、大いなる運命を見てとります」と、めったに見せないないほほえみで口元をほころばせながら、Birkaは、話してくれます。

 

(原文記事執筆 シネロ・オンワル 翻訳:翻訳チーム 山下正隆 文責:清田健介)