世界で広がる自立のためのエンパワーメント!

私たちフリー・ザ・チルドレンは、より良い世界をつくるための障害となっているものを打ち壊すためには、まずは貧困から抜け出せるよう人々が力をつけるようなエンパワーメントの支援が必要だと信じています。

Free The Children
(写真は、フリー・ザ・チルドレンが実施する、自立支援でヤギを受け取った女性。)

そのために、フリー・ザ・チルドレンは、特に女児や女性を対象としたエンパワーメント活動を行い、女性たちが将来自立できるよう収入向上支援に、日頃より力を入れて取組んでいます。

特に2015年前半はこの事業に力を入れるため2500家族を対象に自立支援ができるよう、募金キャンペーンを実施しました。
その結果、たくさんの募金が集まり自立支援事業をスタートすることができましたので、今回、このキャンペーンに参加して募金活動に取組んだ先進国に住む子どもたちや、実際に自立支援プログラムに参加した支援先の子どもたちの声をご紹介します!

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★アメリカ ワシントン州マックローリン中学高等学校★

「先生方の応援のおかげで募金活動は大成功!」

teacher blog

授業で世界の貧困問題について学んだあと、生徒たちは貧困から人々が抜け出せるように支援をしたいということになり、フリー・ザ・チルドレンの海外自立支援事業に対して、募金活動に取り組むことになりました。学校のみんなに募金活動に協力してもらうため、学んだばかりの貧困の現状や、どうやってその貧困から人々を支援することができるのかを、生徒たちはクラスからクラスへと話をして活動への参加を呼び掛けていきました。すると、多くのみんなが耳を傾けてくれて、32人の生徒が募金活動に集まりました。そして、22時間かけて様々な募金活動を行い、3851ドル16セント(約48万円)を集めることができました!これは、自立支援活動を通じて、人々に77頭の羊を提供することに匹敵します!クラスで一番募金を集めた生徒は、卒業文集でそのことを叫びながら報告したほどです。よくがんばりました、素晴らしい!
(エイミー/教師)



★エクアドル トトラス在住 マリア
「自分に自信と自尊心が身に付き、今ではクラスの前で話せるようになりました。」

14歳のマリアは、2012年に設立された地域のガールクラブのメンバーです。今でもとてもシャイでカメラには慣れていませんが、初めてクラブの会合に参加した時は、あまりの緊張で全く言葉を発せられず、押し黙っていましたが、それからずいぶん成長したのです。


Ecuador girl
マリアが所属するこのガールクラブは、リーダーシップスキルを学ぶために定期的に集まっています。クラブのメンバー同士で地域の直面している問題について話しあったり、伝統的なネックレスを手作りし、地元のマーケットで販売したりしています。

今年は、フリー・ザ・チルドレンは160以上の女の子を対象にしたワークショップを開催し、女の子が地域のリーダーになれるようリーダーシップトレーニングを実施しました。マリアのお母さんはシングルマザーとして働きながら3人の子どもを育てていますが、マリアはガールクラブで学んだことを活かして、将来家族が経済的に自立できるように知識やスキルを役立てたいと思っています。

世界の子どもたち〜フィリピンの性産業から救出された少女〜

2015年の夏休み中に、フリー・ザ・チルドレン・ジャパンでは、小中高校生を対象にした
リーダーシップトレーニング・プログラム「テイク・アクション・キャンプ」を奈良で4泊5日で開催しました。

そのキャンプには、フリー・ザ・チルドレンが支援するフィリピンの元児童労働者(性産業で働かされた経験を持つ)の女の子も参加してくれました。そして、キャンプで自分の体験を話してくれました。

今回は、その少女の体験談を紹介します。
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こんにちは、私の名前はロメイン(仮名)です、年齢は19歳です。
まず、私の家族やバックグラウンドについてお話しします。
そして、どうして性産業で働かされ、どうやって救出されたのかなどお話しししたいと思います。

私の母は夜、お客さんにお酒を出したりしてサービスするホステスとしてフィリピンのアンヘレス市という街で働いていました。しかし、私が3歳の時に病気で亡くなってしまい、その後私は母が働いていたお店のオーナーのビクトリア夫婦に育てられました。私の父は母のお店にお客として来ていた男性ですが、私が父に引き取られることはなく、父と一緒に住んだことはありません。なぜなら、バーを経営していたビクトリア夫妻は、母が亡くなると、3歳だった私のことをちゃんと面倒みるから心配するなと父に説明していたのです。ただ、父もアンヘレス市に住んでいたので、私の育った地域の近くにいて、たまに会うことができました。

しかし、しばらくするとビクトリア夫妻は私を連れて、アンヘレスを離れスービックという別の街に移り住みました。私の血の繋がった父は、スービックに私たちが行くと会えなくなるので私との関係や行く末を心配していたようですが、ビクトリア夫妻は、ちゃんと育てるから安心しろと父に伝えていたようです。こうして、私はビクトリア夫妻の養子となりました。

私は6歳になると小学校に入学しました。しかし、養父母となったビクトリア夫妻から、「うちは貧しくて家計が大変だから、働いてほしい」と言われ小学生になると学校が終わると市場で野菜を売る仕事をしました。しかし、「もっと働いてほしい」と言われ、小学校3年生で学校を中退し、市場で野菜を売る仕事を毎日するようになりました。本当は学校に通い続けたかったし、もっと勉強したかったので、とても悲しくなりました。

私は中学校(ハイスクール)に通う年齢になりましたが、結局学校に行くことなく市場で野菜を売る仕事を続けていました。ある日、13歳になった私に、養母が声をかけてきました。
「新しくバーをオープンしたから、そこで接客業の仕事を手伝いなさい」

私はバーと呼ばれるお店がどういった所なのか、良くわかりませんでしたが、私にはやらないという選択肢は与えられませんでした。そのバーで働くしかありませんでした。バーは「バー・マイアミ」という名前で、夜から営業を始め、お客さんにお酒を出したり、女性がダンスを披露したりするお店で、私はエンターテイナーとして働くことになりました。酔っぱらいの男性客の相手をしないといけないので気が乗りませんでしたが、仕方ありませんでした。すると、アメリカ国籍のベンジャミンという男性が頻繁に店に来るようになり、私のことを気に入ったようで話しかけられました。

そして、その男性はお店が終わると私を別の場所に連れて行き、性的な関係を強要しました。私はこの男に性的に搾取され虐待を受けたのです。

その後も、何度もこのアメリカ人の男性にお店で顔を合わせ、対応しなくてはいけなくて嫌でした。そして、性的虐待を受けました。私はもうこれ以上、性的関係を持つことは嫌だったので養母にも助けを求めましたが、養母は見て見ぬふりをしました。ある日、私がとても嫌がるので、ベンジャミンは2000ペソ(約5000円)を私に渡してきて関係を続けようとしました。2000ペソはとても高額で驚きましたが、養母も助けてくれないのでベンジャミンとの関係を続けるしかありませんでした。養父母にも、ベンジャミンはお金を渡していたようです。

その後、私はベンジャミンの知り合いの男性複数人との性的関係を強要されました。とても辛く、どうしたらよいか分かりませんでした。お金を渡されましたが、いらないと断っても、逃げ場はありませんでした。この酷い状況から抜け出せないと思い、絶望的な気持ちになっていました。


2013年2月5日、17歳になった私がバーで働いている時、劇的な変化が起こりました。フィリピン国家警察と、雇用労働省と社会福祉開発省と、フリー・ザ・チルドレン・ジャパンのパートナー団体のフィリピンNGO「プレダ基金」が協働で女性や子どもを暴力から守るための特別捜査を実施し、私が働かされていたバーに突然やってきたのです。

最初何が起きたのか分からず、警察が来たので捕まると思い怖くて泣いていました。警察は「未成年者はこちらに来なさい」と強い口調でバーで働く少女や女性たちに言いました。そのバーで働いていた18歳未満の少女14人が一斉に警察によって保護されました。その後のことはよく覚えていませんが、金属製の鉄格子があり、まるで刑務所の様なところに入れられました。とうとう私は捕まったのだと思いずっと泣いていました。でも、実はそこは社会福祉開発省の子どもを保護する施設だったのです。私は職員によって今までの虐待の経緯を聞かれ説明しました。

そんな時、プレダ基金のソーシャルワーカーが来て、私に声をかけ、ここではなく、プレダ基金の「子ども保護施設」に来ないかと言いました。私はその時にいた鉄格子の場所から出たかったので、プレダ基金の施設に行くことにしました。プレダ基金につくと、門がないとても自由で広々とした清潔な施設が私を出迎えてくれました。スタッフは皆優しく、私を迎えてくれました。私は徐々に安心していきました。

プレダ基金では、私は健康診断を受け、健康面で問題がないかチェックし、適切な処置を受けました。また、どんなことが起きたのかなど詳しく今までの体験をスタッフに話しました。そして今までの辛い体験を乗り越えるため、特別なセラピー(プライマルセラピー)を受け、心が回復する治療も受けました。

そして、私の話を聞いたプレダ基金のスタッフは、私を風俗店で働かせた養母と私を性的虐待したアメリカ国籍男性ベンジャミンを法的に訴えました。しかし、ベンジャミンは賄賂を警察に渡して逃げ回っていたことがわかりました。プレダ基金の根気強い働きかけにより、再度ベンジャミンの身柄が拘束され、判決が下され、私の養母とベンジャミンは刑務所に入れられることになりました。


プレダ基金のスタッフから、
「ロメイン、今まであなたに起きたことは、本当に辛く大変だったわね。でも、あなたは全く悪くない。あなたには子どもの権利があり、虐待や搾取、暴力から守られる権利があるの。そして、あなたには教育を受ける権利もある。だから、あなたの権利が守られるようにこれから安心してここで暮らしていいのよ」と言われました。
この言葉はとても嬉しく、初めて私は自分を取り戻したように感じました。

小学校3年生までしか学校に通っていなかった私ですが、今、プレダ基金でALS(Altanative Learning System)という代替教育制度を受けています。勉強をするのはとても楽しいです。将来、私は学校の先生になりたいと思って今は勉強をがんばっています。

私の話を聞いてくれてありがとうございました。


インド警察の児童労働への取り組み

インド警察の児童労働の取り組みに関する記事を二つ紹介いたします。

http://www.abc.net.au/news/2015-01-31/child-slaves-in-india-rescued-by-police/6059384


120人の児童奴隷、インド警察によって保護――インド、ハイデラバード州――


現在、インドでは、情報提供者や人権活動家からの情報支援を受け、児童労働を行っている作業場に強制捜査に乗り出しました。先週の捜査では、220人もの子どもを保護、他の作業場で120人が保護され、31人の売人と仲買人が児童労働の容疑で逮捕、告発されました。

子どもたちは窓もない不衛生な環境下で生活をしていたため、低体重でやせ細り、心的にも身体的にも傷を負った上、病気を患っている子が多く見受けられました。救出を行った人の話では、この子どもたちは$100〜$200足らずで貧困層の多いインド北東部の州から児童奴隷として売られてきたそうです。

強制捜査に密着取材した様子もテレビで放送され、その放送も相まって、今、インド国内では強制的に働かされている子どもたちを助けようとする動きが非常に強まっています。


インドで児童拉致相次ぐ


インドでは、1時間に11名の子供が行方不明になる計算だと言われています。その子どもの40%は行方不明のままです。その多くは暴力団による拉致が原因で、デリーやコルカタ、ムンバイなどの大都市では、暴力団にとっては絶好の拉致場所になっています。

農村部の貧しい両親を、割のいい仕事の話を持ちかけて誘い出し、その隙に子どもたちを買人に売り渡します。売り渡された子どもの多くは、食堂や工場などの手伝いとして働かされますが、強制的に売春行為をさせられたり、奴隷とされる場合もあります。400万人ほどの子どもがそのような状況下にいるとの政府は報告していますが、現実の数字はもっと多いと予測されています。

そんな子どもたちを救うべく、インド警察は、違法に子どもたちを働かせている作業場へ強制捜査に乗り出し始めました。児童労働撲滅への道は険しいけれど、この一歩は大いなる一歩であると評価できるでしょう。


(訳者:翻訳チーム 五十嵐かおり)



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