弟が世界のどこにいても、その存在が否定されない社会をつくるために、アクションを起こしている青年のストーリー

旅行先の中国で、障害のある弟への偏見を肌で感じた少

年。今回は、その家族旅行をきっかけに、アクションを起こ

し続けている青年を紹介します。(清田)
 

https://www.we.org/stories/young-canadian-fights-prejudice-and-stigma-in-struggle-to-raise-awareness-around-people-living-with-disabilities/

 

 

2010年、家族旅行で中国を訪れていたデビッド・ワンは、弟

のエドワードをショッピングモールに連れて行きました。これ

は二人にとってはたわいもないことでしたが、この二人に対

する周囲の反応は、必ずしも好意的といえないということに

デビッドは気づきました。デビッドは、中国では障害のある子

どもが外に出ることはまれで、見かけることがあったとしても、

歓迎されるようなことはないのではないかという雰囲気を感じ

取りました。これが、デビッドが中国への旅を通じて得た大き

な気づきでした。

 

カナダに帰国したデビッドは、家族と住むバンクーバーに戻

り、なぜ中国の人たちが弟に対してあんな反応をしたのかを

考えました。そして、幼い頃に、障害のある子どもたちと接し

た時の記憶を辿り、障害のある子どもたちの親が、子どもを

外の世界から守るために、必死になっていたことを思い出し

ました。

 

デビッドの弟、エドワードは、発達障害があるという診断

を受けています。デビッドは、弟と同じような障害のある

他の子どもたちに、強い関心を持っていました。子ども時

代、デビッドは「弟と自分は違う」という風に感じてはいま

せんでしたが、デビッドと同じような障害のある子どもが

いる家庭を訪ねた時、その子どもたちの親が、子どもた

ちを「普通に」扱っていないことに、デビッドは気づいたと

言います。「子どもたちを愛して守ろうとするが故に、子ど

もたちを外の世界から隠していました。なので外出もさせ

ていませんでした。」子どもたちを守ろうとしているという理

にかなった理由があることはデビッドも理解していましたが、

自分の家族と共にした経験を通じて、子どもを守ろうとするた

めのこのような行為は、子どもの成長と発達を阻害することに

なるということを、デビッドは知っていました。

 

弟のエドワードの場合は、あらゆることを自立するための機

会と捉えて、いろんなことをさせていました。デビッドは、エド

ワードがハサミを自分で使えるようになるために、何度も紙

を切って一緒に練習した時のことをよく覚えています。この

ような努力の甲斐もあり、「周りの同じような障害のある子

に比べると成長は早かった」といいます。

 

エドワードにもし、「普通にはできない」ようなことがあれば、

ワン家では、「エドワードにあったやり方」を見つけて、乗り越

えていきました。その一つがコミュニケーションです。「幼少期

の頃の弟は、会話は全くできませんでしたが、歌うことは好き

で、いつも何かを歌っていました。歌うことで、人とつながりを

持とうとしていたんですね。」デビッドは言います。

 

音楽が好きだった弟を見ていたこともあり、デビッドは音楽

を通じて障害のある子どもたちをエンパワーメントしていこ

うと考えました。音楽を、コミュニケーションの道具として積

極的に活用する活動をしようと考えたのです。

 

中国から帰国して間もない、2010年の10月、デビッドは、

「社会多様性子ども財団」(SDC)を設立します。この団体

には、二つの活動目標があります。一つは、障害のある

子どもたちを、音楽療法のような社会性が身につくプログ

ラムなどを通じて、エンパワーメントしていくことです。もう

一つは、活動家の若者たちに、積極的にいろいろな地域

に出て行ってもらって、障害のある子どもたちの偏見を無

くすための啓発活動を行うことです。このような活動を通じ

て、全ての障害のある若者たちをエンパワーメントしていく

ことを目指しています。

 

団体設立当初から、啓発活動に取り組んできたデビッドた

ちですが、デビッド個人の思入いれがとても強いのが、障

害のある人への偏見を肌で感じた、中国での啓発活動です。

 

中国でのデビッドの活動は、対話を持つことから始まりまし

た。現地の人々に直接会い、障害のある人たちの状況を尋

ねました。そんなデビッドの問いは、「障害のある子どもはこ

こにはいない」という決まり文句で突き返されました。デビッド

は、そのような経験を通じ、いかに障害者への偏見が強いの

かを痛感していきます。このような根強い偏見があるが故に、

障害のある子どもたちの親は、我が子を地域から遠い隔離さ

れた学校に入学させざるを得ないのです。「中国では、障害の

ある子のための学校は地域から完全に隔離されています。」デ

ビッドはこう指摘します。「子どもたちが地域から隔離されている

が故に、中国の障害児の発育は、カナダの障害児よりもさらにゆ

っくりになっているのです。」

 

これまで七回中国に渡ったデビッドは、SDCが活動を行っ

ている江蘇省、貴州省、雲南省などの地域で、障害のある

人への理解が進みつつあると感じています。障害のある子

どもたちが通う学校では、音楽療法や芸術療法が採り入れ

られるようになってきました。また、以前は避けられていた、

障害のある子どもたちを、外へ連れ出す活動も、重要な課

題として、取り組みが行われるようになってきています。

現在、SDCは、バンクーバー、アメリカ、中国で活動を行っ

ています。デビッドは現在22歳。社会の障害のある人たち

への認識を、世界中で変えようとしているチェンジメーカー

に成長しました。自身の弟のような、障害のある若者を対

象とした事業を行う傍ら、この秋にはWE Dayにも携わりま

した。バンクーバーの大勢のチェンジメーカーで埋め尽くさ

れた会場のステージに立ち、アクションを起こす大切さを訴

えました。

 

デビッドと弟は、最強のチームです!障害のある人たち

に対する偏見を植え付けられていた人たちが、この兄弟

と出会い、障害のある人たちへの認識を変化させていま

す。デビッドの夢は、世界中でSDCの事業を展開し、共生

とエンパワーメントのメッセージを訴えていくことです。

「子どもたちが持っている能力、できることはそれぞれ

違ったとしても、彼らは何だってできます。それぞれの

子どもたちにあったやりかたを見つけて、工夫して導いていけば良いだけなのですから。」

 

 

※12/8@有楽町 障害者週間セミナーのご案内

 

 互いに知ることから始めたい 
 

ー誰もが参加しやすい社会を目指してー

 

毎年12月3日から9日は内閣府主催の「障害者週間」で

す。 フリー・ザ・チルドレン・ジャパンでは、12月8日に、

誰もが参加しやすい「共生社会」の実現のため、今私た

ちに何ができるのかを考えるセミナーを行います。 これ

まで障害者と関わったことがない、興味はあるけれど何

から関わっていいか分からない、 そのような方でもお気

軽にご参加いただける導入の場です。詳しくは、下記UR

Lをご参照下さい!

http://ftcj.jugem.jp/?eid=1794

 

(原文記事執筆: サラ・フォックス )

 


「この若者たちを、世の光に!」:イギリスの特別支援学校のストーリー

今回ご紹介するのは、ロンドンにある、特別支援学校の生徒と、

ある難民の女性、そして彼らを取り巻く教師や地域住民の人たち

のストーリーです。どんな境遇を抱えていても、人は人に出会うこ

とで誰かを支えられるということを教えてくれます。(清田)

 

https://www.we.org/stories/special-needs-students-in-uk-thrive-through-creative-learning-and-helping-others/

 

 

The Vale Schoolは、ロンドン北部のハーリンゲイ区にある特別

支援学校です。

 

この学校に取材に行くため、灰色のロンドンの空の下、通りのリ

サイクルショップや、シャッター商店街を通っていく中で、イギリス

で最も貧困が深刻といわれているこの地区の現状を目の当たり

にし、ここが素晴らしいことを成し遂げた生徒たちがいる、The V

ale Schoolのある地区だということに、ある種の驚きを覚えました。

 

社会には、「特別支援学校の生徒たちは、支援を必要としてい

る存在だ」という固定観念がありますが、The Vale Schoolの生

徒たちは、ヴィクトリアという名の女性を支援することを通じて、

それまでの人生の中で得ることがなかった自信と、生きる目的

を獲得していったのです。

 

私は、取材で実際に彼らに会うこととなりました。

 

The Vale Schoolに到着すると、この学校でWEの活動を担当し

ている、教師のリチャード・ソープが私を出迎え、私が取材に来

たことに対して謝意を述べていましたが、その最中に生徒たち

が続々と集まってきました。それは、このような状況でよく想像

されるような、「体育館に集まった全校生徒たちが、整列した静

かなお出迎え」といったようなモノではなく、生徒たちが、それぞ

れ思い思いに自己表現してくれた、大変にぎやかな歓迎でした。

その輪の中に、すぐに生徒の家族や、地域の人たちも加わりまし

た。私が取材に来た日は、音楽やダンスを通じて、学校で生徒た

ちが学んだことの成果を披露し、生徒たちの成長をお祝いする日

だったのです。

 

「いわいる『標準的な学校のカリキュラム』は、この学校では、上

手く機能しないのです。」リチャードは私を案内しながらそう言い

ました。そう、リチャードの言う通り、この学校の生徒たちが、生

き生きとした学校生活を送るためには、少し工夫を凝らす必要

があるのです。だからこそ、リチャードはヴィクトリアを、この学

校に招いたのです。

 

 

ヴィクトリアは、19歳のウガンダ出身の難民です。ヴィクトリア

の父親は、彼女が赤ん坊の時、HIVで亡くなっています。当時

ヴィクトリアの母親はイギリスに居て、ヴィクトリアを含む三人

の子どもたちと一緒に住むため、難民申請をしていましたが、

申請の許可は長い期間下りませんでした。ヴィクトリアは、妹

と共に、9歳年上の兄に育てられました。学校に行き、職を得

て、兄妹で支え合いながら生活し、イギリスへの難民申請が

承認されるのを待ち続けました。

 

家族が離れ離れになり、20年近くが過ぎたころのクリスマスの二

カ月前、家族族はようやく一緒に暮らすことができるようになったのです。

 

リチャードは、WE(フリー・ザ・チルドレン)を通じてヴィクトリアと出

会いました。元々、The Vale Schoolの生徒たちができる課外活

動を探していたリチャードは、WEのプログラムコーディネーター

にも接触していました。リチャードは、プログラムコーディネータ

ーからヴィクトリアを紹介されます。ヴィクトリアはボランティア経

験を通じて、社会で役に立つスキルを得たいという意欲に燃えて

いました。リチャードはヴィクトリアの生い立ちを聞き、ヴィクトリア

であれば、The Vale Schoolの生徒たちと良い関係を築けるのでは

ないかと直感しました。

 

リチャードが受け持つ生徒たちは、様々な学習障害、医療的な

支援が常に必要な健康状態、身体障害などを抱えています。数

か月前までは、人前で何かを発表したり、人に声をかけたり、公

共交通機関の使用などを困難とする生徒たちが数多くいました。

 

ヴィクトリアと出会ったことで、生徒たちは大きく変わりました。

様々な苦しみを乗り越えてきた年上の若者に出会い、刺激を

受けた生徒たちは、自分の殻を破り始めたのです。生徒たち

は、ヴィクトリアとブィクトリアの妹にインタビューして、ウガン

ダでの経験や、ロンドンでの難民としての生活などについて

聞き、それを記事として書いて発表して、地域で難民の問題

に関する啓蒙活動を行いました。そのような活動を通じて、

生徒たちはこれまでには考えられないこともないような自信

をつけていったのです。リチャードは、ヴィクトリアの話を通

じて得た新しい知識を、生徒たちが様々な人たちに伝えて

いる様子を目の当たりにしました。ヴィクトリア自身も、The

Vale Schoolの生徒たちと関係を築いていく中で、多くのこと

を学び、成長していきました。

学校でのボランティア活動を通じて、ヴィクトリアは自信を得て、

イギリスでの生活に馴染むことができるようになりました。イギリ

スに渡るために、20年近くの歳月を費やしたヴィクトリアにとって

、ボランティア活動を通じて、イギリスでの居場所といえる場所を

手に入れたことは、イギリス生活の中で大きな転機でした。ヴィク

トリアの母親は、病気のため、働くことができません。そのため、イ

ギリス政府は、イギリスに来てもヴィクトリアが長期間就労するの

は無理だろうと判断していました。その判断が、難民申請がなか

なか承認されなかった理由でもありました。

 

「私のような難民の人たちも、社会の役に立てるんだって証明し

たいんです」そう語るヴィクトリアは、The Vale Schoolでのボラン

ティア活動でそれを有言実行しています。毎週金曜日、生徒たち

に美術を教えています。この活動を通じて、ヴィクトリアは教師に

なりたいという夢を持つようになりました。ヴィクトリアの将来の教

え子たちは、彼女のような素敵な先生に教わることができるなん

て、私はとてもうらやましくて仕方がありません!「私の経験が、

他の人たちを勇気づけることができるのなら、私はとても嬉しい

です!(ヴィクトリア)

 

 

ヴィクトリアが、特に大きなインパクトを与えた生徒を一人紹介し

ます。

 

ダーネルは、問題行動が原因で、以前通っていた学校を退学に

なりましたが、The Vale Schoolでは、名実ともに大活躍していま

す。何を隠そう、彼はこの学校の生徒会長なのですから!ダー

ネルは、人生の大きな転機となったのは、ヴィクトリアとの出会

いだったと語っています。「ヴィクトリアのような経験をした人に

会うことは、めったにないことだと思います。でもヴィクトリアは、

厳しい境遇の中でも、いろんなことを成し遂げてきた。そういう話

を聞くと、自分にもできることはいっぱいあるんじゃないかと思え

てくるんです!」ダーネルは語ります。

 

さて、教室に行くと、絵や手作りの旗、陶器、アクセサリーが飾ら

れています。全ての作品に、ウガンダの色である、黄色と赤と黒

が使われています。

 

ひとつひとつの作品は、The Vale Schoolの生徒たちの、努力の

賜物です。生徒たちは、工作に必要な材料を買うために、自分た

ち自身でお店に行き、必要なものをカゴに入れて、お金を正確に

数えて代金を支払い、お店の人たちとコミュニケーションを取りま

した。The Vale Schoolに通う若者たちにとっては、この買い物の

成功は、非常に大きな意味を持つ成功体験でした。

 

この成功体験も、ヴィクトリアに強い影響を受けて起こったことで

した。芸術を通じて、自分の中にある想像や世界観を表現してい

るヴィクトリアは、授業を通じて、生徒たちに芸術を用いて自分の

世界を表現するよう促しました。

 

私が取材に来た日は、ヴィクトリアが引き出した生徒たちの想像

力や表現を祝福するために、多くの人が集っていたのです。リチ

ャードは私にこう教えてくれました。「’Karibo’は、ウガンダの言葉

で、『贈り物』という意味です。私にこう言ったあと、リチャードは集

っている生徒、生徒の親、地域の人たちに向かってこう言いました。

「この言葉は、ヴィクトリアのセカンドネームでもあります。そして、ヴ

ィクトリアは、私たちにとっても『贈り物(ギフト)』なのです。

 

 

 

ヴィクトリアが、ヒナギクが描かれたドレスを着て教室に現れま

した。そのヴィクトリアの姿に、生徒たちの目はくぎづけになって

いました。

 

「さて、これから歌を唄いますよ!‘Ndi muna Uganda.’というフレ

ーズでコーラスを唄います。これは、『私はウガンダ』という意味

です!」

 

ヴィクトリアが唄いはじめると、頭を保護するヘッドギアを装着し

ている生徒たちや、車いすに乗っている生徒たち、生徒たちそれ

ぞれが、自分の殻を破り、自分の持っているエネルギーを放出さ

せようとするかのように、踊り、手をたたき、即興で演奏を始めます。

 

そのエネルギーは、その場にいる生徒の親たちにも伝染しまし

た。彼らも手拍子をして、共に唄います。私自身も、いつのまに

か手拍子をして唄っていました。

 

踊り続ける生徒たちを見ていると、私のすぐそばに、副校長のト

ニー・ミラードがいるのを発見しました。彼は、生徒たちに対する

誇りをにじませた声でこう語りました。「WEが、子どもたち大きな

刺激を与えてくれました。子どもたちが、社会を支える存在にな

るための道を、WEが開かせてくれたのです。」

 

歌のパフォーマンスが、終わると、生徒たちは自分たちがつく

った美術作品を披露するため、生徒の親や地域の人たちを作

品の前に案内し始めました。

 

「うちの子どもたちは、本当に世界の一員として生きていきたい

と強く願っています。しかし、そのために乗り越えなければいけ

ないハードルが、非常に高いこともまた事実です。」トニーは、

親たちに作品を披露する生徒たちを見つめながら、私にこう語りました。

 

こう語りながら、トニーはこの取材の直前に行われた、WE Day

UK のことを思い返していました。The Vale Schoolの生徒たちは、

他の12,000人の参加者と共に、社会に変革を起こしている若者た

ちを称えるこのイベントに参加していました。「彼らにとっては、WE

Dayに行き、普通級の生徒たちと一緒に、有名人のスピーチを聞く

というのは、夢のような体験だったと思います。」

 

多くの人は、特別支援学校に通っている生徒や、障害のある人

たちに対して大きな期待を寄せることは無いかもしれません。ま

た、難民に対しても、大きな期待を寄せることは無いかもしれま

せん。しかし、リチャードは、教え子とヴィクトリアを一緒にエンパ

ワーメントすることで、『彼らにもアクションを起こし、社会を変える

力がある。居場所や目的を見出し、生き抜いていく力がある』とい

うことを証明しました。多くの人たちが障害のある子どもたちや難

民に対して持っている考えは、完全な間違いであるということを証

明したのです。

 

「このような境遇の子どもたちは、『施しの対象』に見られがちで

すが、彼らは、多くのものを社会にもたらすことができる存在な

のです。」リチャードは言います。「彼らがアクションを起こしてい

る様子を見ていると、どんな境遇であっても、人生というのは素

晴らしいものだなと思いますね。」

 

※12/8@有楽町 障害者週間セミナーのご案内

 

 

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ー誰もが参加しやすい社会を目指してー

 

毎年12月3日から9日は内閣府主催の「障害者週間」です。

フリー・ザ・チルドレン・ジャパンでは、12月8日に、誰もが参

加しやすい「共生社会」の実現のため、今私たちに何ができ

るのかを考えるセミナーを行います。 これまで障害者と関

わったことがない、興味はあるけれど何から関わっていいか

分からない、 そのような方でもお気軽にご参加いただける導

入の場です。詳しくは、下記URLをご参照下さい!

http://ftcj.jugem.jp/?eid=1794


(原文記事執筆: ジェシー・ミンツ )

 

 


地球にやさしい未来を夢みて、奮闘するチェンジメーカーのストーリー

世界や地域に変化を起こすということは、時に時間や手間

を要することでもありますが、それでも諦めないことが大事です。

今回は、二年間という時間をかけて、母校にゴミの堆肥化

プログラムを導入したチェンジメーカーを紹介します。(清田)
 

https://www.we.org/stories/fighting-green-future/


ハンナ・シルスは、12歳のときには、エコ戦士になるなど思

ってもいませんでした。ところが、Huntley Centennial Public

校で始まったばかりのエコチームのリーダーに偶然なったこ

とで、それまで見たこともないような問題に目を向けるようになり

ました。

 

かつてハンナは毎日、生徒の昼食から出た茶色くなった

リンゴの芯、堅くなったサンドウィッチのかけら、バナナの

皮などで溢れ返っているゴミ入れを、特に気にすることな

く通り過ごしていましたが、いま彼女は、ゴミをただ見てい

るだけでなく、解決しなければいけないチャレンジだと考え

るようになりました。解決方法は、学校全体で取り組む、ゴ

ミの堆肥化プログラムでした。それは新設されたばかりの

エコクラブにとって大胆なプロジェクトでしたが、ハンナは

やってみなければと思いました。2年をかけて調査、計画

の立案にあたった一方、地元のオタワ市の行政からの支

援を取り付けようとしました。この計画は学校の用務員に

作業を任しておくようなものではないと、市を説得する必要

がありました。残念ながら、彼女の年齢が当時は壁となり、

おとなたちからゴーサインをもらうのに、2年の時間を要する

ことになりました。「一緒に働いている大人が他の大人たちに

すると同じように私の話にも耳を傾けてくれる、という確信を持

つということは、12歳の私には難しいということが分かりました」

と、ハンナがふりかえります。「それでも私が闘っていることは私

にとって大切なのだ、その想いを忘れないでいようと思いました。

 

さて、3年後、ハンナは15歳、新しい学校、West Carleton

中学に進学しました。が、彼女のまいた種は、しっかりと花

を咲かせていました。最近Huntleyに戻ったとき、グリーン

ビン(集積貯蔵容器)の並んだ大広間がハンナを迎えてくれ

ました。グリーンビンの上に、生徒たちが作った環境問題を

訴えるポスターがぶら下がっていました。いまHuntleyの校

舎を歩けば、「ハンナは環境問題についてアクションを起こ

しただけでなく、環境問題への意識をHuntley Centennial P

ublic校に根付かせた」ということは、否定しようがない事実

であることが分かります。彼女は誇らしく言います。「何年も

かけて、このグリーンビンのプログラムのように、私たちが率

先してきた行動で、私たちの学校が目覚め、環境について

誠実に向き合うようになりました」。

 

学校での活動という枠を超えて、ハンナの環境擁護への姿

勢は、エコフレンドリーな会社Seventh Generation に注目さ

れることになりました。植物をベースとした商品開発のパイ

オニアであるSeventh Generationの社名は、次の7世代の

先の地球が元気な星でいられるように、今の地球を大切に

しようという信念に由来しています。ハンナは7月2日、WE D

ay Canada の舞台に登場し、若者や家族がSeventh Genera

tion’s # coldwaterclean pledgeに参加して、未来の世代のた

めに地球を守っていこうと訴えました。

 

私たちは、ハンナがスピーチをする直前、ハンナにインタビ

ューしました。環境保護の活動が、ハンナにとってどのよう

な意味を持つものなのか、建国150周年を迎えたカナダに

住む人たちが、母なる大地を、今から150年後も守っていく

ためにできることなどについて聞きました。

 

Q & A
 

あなたは環境問題に積極的に取り組んできましたが
活動を始めたきっかけは何だったのですか?

 

『私の学校では、新しいエコチームの先頭に立つような生徒

を探していました。その当時、私は環境問題に今ほどの情熱

を持っていませんでした。この新しいチームが担う重要性につ

いて考え出して初めて、私の身近にある環境問題について考

え始めたのがきっかけです。』


あなたが提案することになった学校のゴミの堆肥化プログラ

ムというアイディアを後押したのは何だったのですか?

 

『毎週ゴミの日までに、私たち少人数のクラスでも、いつも

溢れそうな量のゴミが出て、ゴミ箱からゴミが漏れないよう

にするために、その場しのぎの対応をいていました。―こ

れらの多くが堆肥にできるゴミなのに。これにはうんざりで

したね。このゴミを、持続可能性を重視して処理していくこ

とは、私たちの学校の環境問題の改善にも有益だと思い

ました。その中で私たちの市が提供する堆肥化プログラ

ムを校内で導入することが、ベストな解決策だと思うようになりました。』


プログラムを実際に始動させるのは、なかなかの難題だ

ったでしょうね。先ず、克服しなければならなかった障害

は何でしたか?

 

『このプログラムは単なる課外活動ではないということを、理解してもらえるまで大変苦労

しました。ゴミに関することは、学校の用務員さんに任せれば良いのではではと言った様

々な懸念の声がありました。私は、一定の日を決めて、各教室の誰か1人が、定期的に

グリーンビンを持って出てオタワ市役所に回収してもらうようにすればと、提案しました。』

 

堆肥化プログラムを実行するのに2年かかったそうですね。

どのようにして、モチベーションを持ち続けたのですか?

 

『モチベーションを持ち続けることは難しくありませんでした。

環境問題が深刻になっていくのを、日々目の当たりにしてい

ましたからね。私はこの学校で、状況を改善するようなインパ

クトを起こしたいとずっと考えていました。だから、そのために

できることがあれば何でもやりました。そのうえ、先生や両親

からも大きな支援を受けました。いつも私を信じて、困難にぶ

ち当たった時はそばで手を差し伸べて導いて下さいました。』


全体として、この経験から何を学びましたか?

 

『この経験から学んだ最大のものは、チームとして協力する

ことの大切さ、そして周囲からの協力の有難さでした。グラッ

フ先生のような―私のように若い子をサポートし、必要な力を

貸してくれる先生―なしでは、学校や地域を巻き込んだこのプ

ログラムは実現しなかったでしょう。』


地域に変化を起こしたいという想いを持っている人に、どん

なアドバイスをしますか?

 

『まだ若いから無理、と決めつけてはいけません。何歳であ

っても、変化を起こすことは常に可能です。必要なのは、忍

耐強く一生懸命にやること、そして夢は大きく、それだけです。』


私たちの地球を守るために、皆さんに毎日1つやって

欲しいことは何ですか?

 

『環境について言えば、ささいな事で大きな効果が生まれま

す。私たちみんなが衣服を(給湯器を使用しないで)冷たい

水で洗うとしたら、エネルギーを節約でき、また、カーボンフ

ットプリント(温室効果ガスの排出量の総量)も減らすことが

できます。冷たい水で洗濯すると400万トンの二酸化炭素を

削減できるってこと、知っていました?これは、カナダの一般

家庭150万世帯1年間暖めるのに必要な量に相当するのですよ!』


あなたが個人的に憧れているのは誰ですか?そしてなぜで

すか?

 

『私は人に恵まれていて、本当に幸せです。これまで最大

のロールモデルと言えば、小学校時代お世話になったグ

ラフ先生の名前を挙げなければならないでしょう。先生は

教え子の一人ひとりの生活にも関わって手を差し伸べて

くださる程の格別な努力をしてくださいました。たえず前向

きで、いつもモチベーションをお持ちでした。先生は私に、

自分が信じることに打ち込みなさいといつも教えてください

ました。』


カナダの次の150年にかける夢は何ですか?

 

『環境の保護の分野では、とても先進的なカナダという国に

暮らせて、とても幸運だと思っています。私の唯一の夢は、

この先進性を維持するためにできる限りもことをすること、

そして環境問題に変化を起こせる機会を創り続けて行くこ

とです。』

 

(原文記事執筆:キャスリン・レーン・スミス  翻訳:翻訳チ

ーム 松田富久子 文責:清田健介)

 


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