【出前授業】タンザニアマサイ族のレボイ君と学校に授業に行きました


タンザニアのマサイ族のレボイ少年が来日し、
6月24日に一般公開のイベント(様子はこちらから)を実施しましたが、
その後、6月25日〜28日の4日間、レボイ少年と共に都内の学校で出前授業を行いました!

 

レボイ少年は、水や電気などがないマサイ族の村で生まれました。

彼が初めて通った学校は、大きな木の下でした。木陰に集まり、砂に指で文字を書き練習しました。

次に通った学校は、年齢がバラバラな子ども達が100人以上一緒に授業を受けるような環境でした。

そこから、彼の奨学金支援をしてくれる1人の人との出会いをきっかけに、彼は質の良い小学校へ転校、優秀な成績を残し、タンザニアでも有数の中学校に進学しました。そんな生活の変化や、タンザニア・マサイ族の文化について、日本の同年代の中高生にお話ししました。

 

授業では、世界の教育の問題についての講演や、ワークショップも一緒に行いました。

そして今回、レボイ少年の通訳は、高校1年生のメンバーが担当してくれました。

この出会いから、今後も、世界を考える・アクションを起こすきっかけとなれば嬉しいです。

 

 

生徒さんから頂いた感想をいくつかご紹介します。

 

<レボイ少年/マサイ族について>

・小さな小屋みたいな教室に100人もの子どもが入って勉強していることに驚いた。

・英語もペラペラと話していて、一番好きな教科だあと言っていて、自分も頑張ろうと思った。

・将来自分の会社を立ち上げたいという夢を聞いて、すごいなと思った。

・マサイ族のモランの決まりや一夫多妻制について、文化の違いが興味深かった。

・ジャンプが高いと聞くし、”ダンスが好き”と言ってたから、踊って!ジャンプして!って聞いてみたけど、恥ずかしがってしてくれなかった。そこは私たちと変わらないんだなって思った。

・話だけ聞いてると、世界の子ども達の状況も遠い出来事だと思ってしまうけど、実際にレボイ君が話してくれて、身近に感じた。

 

<その他の感想>

・物乞いや働く子ども達の事を、話だけではなく動画や写真も見ながら聞いた事で、本当に存在するのだと知れた。

・ワークショップを通じて児童労働の人生を体験したが、その人生のひどさにショックを受けました。同じ世代でもどれだけつらい日々を送っているのかわかりました。なんとかできないのかと思いました。その思いが大切なんだと感じました。

・世界の子ども達の生活、児童労働などについて聞くと、”かわいそう”と思ってしまうけど、同じ人として生きていて、全然他人事じゃなくて、かわいそうと思うのではなく、こんな世の中を変えなくちゃいけない!と思った。

・ボランティアって、自己満足で上から満足なイメージがあったけど、子どもにも子どもに対する活動が出来るという事で、対等で近い関係で出来ていいと思った。

・講演というと、堅苦しいイメージがありまいたが、担当者さんもとても明るく、楽しく授業を受けることができました。

・マサイ族の少年、会話をサポートする日本人の高校生、奨学金支援をした方、日本で実際に国際協力をしている方、色々な方に実際にお会いでき、話を聞けていい経験になった。

・2人の少年から生まれた「フリー・ザ・チルドレン」その由来を聞いた時、思わず自然と涙が出てきました。「子どもが世界を変えられる」本当にその通りだと思いました。今自分に出来ることは、世界のこの現状を一人でも多くの人に伝えていくことだと思います。社会問題に興味を持てたとても貴重な時間になりました。ありがとうございました。

・自分でアクションを起こして、2030年までに成し遂げようとしていること(SDGs)を達成するチカラになれればと思います。

 

 

ー以下、今回の訪問詳細ですー

 

[6月25日]

学校名:國學院大學久我山中学高等学校
対象者:中学3年生 130名
授業内容(110分):
・はじめに(簡単な自己&団体紹介・今日の授業について)
・世界の子ども達、貧困、教育について
・ワークショップ:児童労働シュミレーションカードゲーム
・レボイ少年のスピーチ、質疑応答
・自分にできるアクションの考え方

 

[6月26日]

学校名:田園調布雙葉中学校・高等学校
対象者:高校1年生 107名
授業内容(50分):
・はじめに(簡単な自己&団体紹介・世界の教育・児童労働)
・レボイ少年のスピーチ
・質疑応答

 

[6月27日]
学校名:明星学園中学校
対象者:中学2年生 120名
授業内容(90分):
・はじめに(簡単な自己&団体紹介・今日の授業について)
・世界の教育の格差について(講和+クイズ形式) 
・レボイ少年のスピーチ
・質疑応答
・団体の支援活動
・世界のゴールSDGs
・日本にいる私たちとのつながり
・自分にできるアクションの考え方

※学校のホームページでも授業の様子をご紹介いただいています。
https://www.myojogakuen.ed.jp/junior_high_school/topics/10509

 

[6月28日]
学校名:明治学院高等学校 
対象者:フリー・ザ・チルドレン部部員 10人
内容(90分):
・レボイ少年のスピーチ&交流会

 


【メンバー向けイベント】7月29日(土): 中高生向けソーシャルアクションのシミュレーションゲーム意見交換会

学校や地域から社会を変えていく、そんな気持ちをもっと効果的に活動にいかせる方法はないでしょうか?

活動を始める前に、学校や地域でどのような手順で行動をすればよいか、事前にシミュレーションができれば、活動がしやすくなるのではないでしょうか。

 

そこで、フリー・ザ・チルドレン・ジャパンでは、学校や地域でのソーシャルアクションのシミュレーションゲームを作ろうと準備を進めています。

具体的には、社会教育を行っている団体、Wake Up Japanなどが作成した大学生向けに作られたキャンパスでの活動シミュレーションを体験して、中高生版を作る際の変更点を話し合い、全国各地で中高生が使えるキットを製作できればと考えています。

 

フリー・ザ・チルドレン・ジャパンの子どもメンバー、ユースメンバー、そして、オリジナル版の製作団体であるWake Up Japanのメンバー限定の企画となっています。

実際にゲームを体験し、その感想が教材づくりの大きな助けになります。

ふるってご参加ください。


【詳細】

中高生向けソーシャルアクションのシミュレーションゲーム意見交換会

日時 2018年7月29日(日) 13:00-17:00(開場12:30)
場所 フリー・ザ・チルドレン・ジャパン事務所
   (〒157-0062 東京都世田谷区南烏山6-6-5 3F)
   京王線千歳烏山駅より徒歩3分
   http://www.ftcj.com/about-us/organization-info.html
   *人数が多くなる場合は、会場を最寄りの区民センターに変更する可能性があります。
定員 10名
経費 無料
対象 フリー・ザ・チルドレン・ジャパンの子ども及びユースメンバー、Wake Up Japanメンバー

 

主催   フリー・ザ・チルドレン・ジャパン

協力   Wake Up Japan

 

【お申込み方法】

以下のURLにアクセスし、必要事項をご記入の上、お申込みください。

https://goo.gl/forms/k0bLsELegp6qFeaG3


亡きあともこの世に息づく、ネルソン・マンデラの教育への想い

今年はネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領生誕100

年の年です。生前のマンデラと親交のあったクレイグと

マークは、在りし日の同氏を想いつつも、「次のマンデラ

」たちを見つめています(清田)

 

https://www.we.org/stories/on-mandelas-centenary-his-legacy-of-education-lives-on/

 

5年前、太陽が降り注ぐ南アフリカの地に降り立ったクレイ

グは、同国の英雄の葬儀に参列し、南アフリカの国民と共

に英雄の死を悼みました。

 

ネルソン・マンデラは、もしいまも存命であれば、今月に100

歳の誕生日を迎えていました。彼の数多くの功績をここにす

べて記すことなどできる訳ないのですが、私たちの視点から、

マンデラ最も大きな功績について触れたいと思います。その功

績とは、クレイグがマンデラの故郷の村で、悲しき時を過ごした

中で、村の子どもたちの瞳から感じた希望でした。その希望は、

紛れもなくマンデラから受け継がれたものでした。大統領、そし

て反アパルトヘイトの活動家であったマンデラは、南アフリカの

国民に初等教育を受ける権利と機会を保障するという、革命的

偉業を成し遂げました。それは、マンデラの自身の人生を変えた

贈り物を、南アフリカの次の世代を担う子どもたち全員に贈るとい

うことでもありました。

 

マンデラの両親は非識字者でしたが、敬虔なキリスト教徒

であったマンデラの母親は、彼を日曜学校に通わせていま

した。マンデラはそういった面では恵まれていました。アパ

ルトヘイト体制下では、黒人の子どもが教育を受ける機会

というのは稀だったのです。マンデラの生誕100年を祝いつ

つ、「次のマンデラ」がいまこの世界にどれほどたくさんいる

のかということに、私たちは思いをはせています。教育によ

ってエンパワーメントされ、偉業を成し遂げる準備をしている

若者たちのことを。私たちが出会った、家庭や地域、そして世

界に変化を起こしている若者を少し紹介します。

 

インドのラジャスタン州の農村部には、女子教育を「時間の

無駄」として軽視する風潮が根強くあります。マムタ・ロハー

の両親は、その考え方に賛同しませんでした。この「不服

従」は功を奏しました。10歳だったマムタは、授業で水感

染症について学んだあと、両親に飲み水を良く沸かすよ

う説得しました。すると、家族の健康状態は劇的に改善

しました。マムタはまだ高校生にはなっていませんが、将

来は大学で医学を学び、たくさんの人の命を救えるように

なりたいと考えています。

 

5歳の時、フランシス・ネイモードゥは基礎的な電子工学

を独学で学び、ケニアのマサイ・マラ村の自宅で共に暮

らす家畜を、夜間の略奪者から守るために、応急処置的

な照明設備を整備しました。思春期の頃には、何でも修

理できる「村の便利屋さん」になっていました。2017年、

自宅近くに、村内初の中等教育機関であるネグロット高

校が開口した際、フランシスは猛勉強して、350人以上の

志願者の中から、33人の合格者のうちの一人に選ばれ

ました。現在高校1年生のフランシスは、将来は村の構

造的課題を解決できるエンジニアになりたいと考えています。

 

カナダでは、教育を当たり前のように受けられると思われが

ちですが、そんなカナダにおいいても、地域内での学校教育

の保障を求めて、闘っている人たちが未だにいます。

 

チェルシー・ジェーン・エドワーズは、自身の高校時代を、地

元の先住民地区、アタワピスカトでの新しい小学校建設を求

める運動に費やしました。2014年、甥っ子が新しく開校したア

タワピスカト小学校に入学する姿を見た時、チェルシーは涙を

流しました。しかし、小学校建設運動の勝利はチェルシーにと

っては始まりにしか過ぎません。現在、チェルシーはNPOの共

同創設者として、すべての先住民の若者に対しての教育の機

会の保障を求める運動に携わっています。また、その世界の

実現を目指して、法律も学んでいます。

 

カナダのバージェットに住む、17歳のマリアム・サッバーフは、

教育を受けたことで社会に前向きな変化を起こすことができた

と言います。

 

マリアムは地元の小学校に通う生徒たちの相談役を務め

ています。また、自身の通う高校に対して、エネルギー対

策と気候変動対策を講じるよう求めるロビー活動を行い、

成功を収めました。さらに、カナダに住むシリア人難民を支

援するための寄付を募る募金活動を行いました。来年から、

マリアムはマギル大学で国際経営学を学び始める予定です。

「地球という村を良くしていくという、私のライフワークを続けて

いくために」

 

マンデラの精神は、このような素晴らしい若者たちの中で生

き続けています。マディーバ(マンデラの愛称)は、そのことを

誇りに思っていることでしょう。

 

 

 


ハイチの村に新しい学校が建つきっかけをつくった少年のストーリー

ハイチのラ・ショーン村に建てられたピカピカの新しい学校。

この学校は、村でかつて起こった悲劇をくりかえさないため

に建てられました。(清田)

 

https://www.we.org/stories/tragedy-leads-to-education-access-in-rural-haiti/

 

 

ジュベルソン・ピエールは、好奇心旺盛な男の子でした。

 

ジュベルソンは2年生でした。彼は熱心な勉強家で、学校

の外でお父さんにいつも質問をしていました。「作物はど

うやって育つの?種まきを手伝ってもいい?」ジュベルソ

ンは、農家になりたいとも思っていました。

 

ジュベルソンのお父さんのジュルナーは、12人の子どものう

ちの1人である彼に、学校に集中するように言いました。学校

が大好きだったジュベルソンは、どうやって農業をするのかも

知りたがっていました。9歳のときの彼の目標は、学校に一度

も通ったことのないお父さんを手伝って、家族の農場をもっと

いいものにすることでした。2人は、宿題をきちんとやったら週

末にお父さんを手伝ってもよい、というルールを決めました。

 

ジュベルソンが平日にやることは、いつも大体同じでした。

 

ジュベルソンは、ハイチの農村部にあるラ・ショーン村の他

の子どもたちと同じように、毎朝5時くらいに起きました。お

兄さん、お姉さんたちは動物に餌をやるなどの仕事をしま

した。ジュベルソンはそれを手伝うと、顔を洗い、学校に行

くために着替えをしました。6時少し過ぎになると、1時間半

の道のりを歩き始めました。何学年か上のお兄さん、お姉

さんたちについていくために急いで、8時に始まる授業に間

に合うように通学しました。 

ラ・ショーン村の子どもたちは、隣の村にある学校に通うた

めに流れの速い川を渡りました。すぐ近くに学校がないだ

けでなく、一番近くの学校までの道のりには、ボートも橋も

ありませんでした。

 

毎日、子どもたちは服を間に合わせの袋に押し込み、濁

った水の中を歩きました。大雨のせいで、川の水位が高

く、流れが速くなることが時々ありました。川底に足がつ

かない子どもたちは、服をぬらさないように片手をあげな

がら、犬かきで苦労して泳ぎました。足元の悪い川岸にた

どり着くと、もう一度服を着ました。そして、泥だらけの小道

から大きな道へ出て、学校へ向かいました。

 

 

2008年5月23日金曜日。ジュベルソンはいつもの平日と

同じように、お兄さん、お姉さんたちと学校へ出かけました。

 

ジュベルソンは、その日家に帰ってきませんでした。

 

お父さんのジュルナーは、他の子どもたちの叫び声を聞い

たとき、川沿いの畑で仕事をしていました。ジュルナーと近

所の人たちは、川の土手へと急ぎました。叫び声の理由が

分かると、大人たちは下流へ走ってジュベルソンを探しまし

た。近所の人がジュベルソンを見つけました。ジュルナーは

ジュベルソンを川から引き上げ、蘇生を試みました。

 

ジュルナーの弟(ジュベルソンの叔父)のウィリーは近くの畑

から川に駆け付け、ジュルナーがまだ息子を救おうと覆いか

ぶさっているのを見ました。ジュベルソンが川から引き上げら

れてから、すでに1時間が経っていました。何が起こったのか

は明らかでした。ジュベルソンは学校に行こうとして溺れたのです。


「何が起きたのかを知ってショックでした」ウィリーは通訳を

介してクレオール語で言います。「甥は本当にいい子でした」

 

ジュルナーは弟の話を聞いて頷きます。彼は何も言いませ

んでしたが、目には涙がたまっていました。2人は教室に座

っています。ジュベルソンが生きていたときにはなかった教

室です。

 

ジュルナーは、穏やかで落ち着いた声で話し始めます。

「確かに、私は息子を亡くしました。でも、私たちの学校

がここにあるのは彼のおかげなのです」


ジュベルソンの死後、深い悲しみと同時に、怒りと危機感が

村中に広がりました。どんな子どもだって、教育を受けるた

めに命を危険にさらしていいはずがありません。親たちは、

村のリーダーであるウィリーに助けを求めました。

 

ウィリーはよく、争いを解決するように頼まれたり、地域

の開発計画に意見を求められたりしました。ウィリーは5

年生まで学校に通うことができました。子どものころ、ジ

ュルナーが学校に通うのを諦めたので、弟のウィリーは

学校に行くことができたのです。兄弟の家庭では、子ど

も全員分の学費は払えませんでした。教育を受けたこと

でウィリーは地位を手に入れ、尊敬されるリーダーになりました。


ウィリーは回想します、「親たちが私のところに来て言うよう

になりました、『ウィリー、あなたしか頼れる人がいません。

お願いです、この村にどうやったら学校ができるかを考えて

ください』と」


ウィリーの主導で、プラスチック板を使って簡素な教室が建

てられました。柱には木が、屋根には金属板が使われまし

た。そして、ささやかな先生の給与のために、地域で資金が

集められました。「子どもの頃から、私は教育の重要性を心

に留めてきました」ウィリーは言います。彼は、自分のために

お兄さんが自らの教育を犠牲にしてくれたことを分かっていま

す。12人の子どもの父親でもあるウィリーは、自分の子どもた

ち全員と甥、姪たちにできる限りよい教育を受けてほしいと思

っていました。

 

2009年、あの悲劇から半年以上がたったころ、ラ・ショーン

村に1教室の学校が開校され、35人の生徒たちが姿を見せ

ました。保護者たちは、先生のためにチョークを1箱ずつ交

替で買いました。

 

生徒数は翌年には4倍、150人以上となりました。入学者

は次第に増え、資格を持った教師や子どもたちが入るた

めの教室がさらにたくさん必要になりました。金属板と防

水シート、木切れから教室が作られました。椅子が足りず、

2人がけベンチに4、5人が座りました。雨の日には授業はな

くなりました。

 

親たちは生徒たちに川を渡らせたくなかったのですが、校

舎の建設費や先生の給与をこれ以上負担することはでき

ませんでした。親たちはもう一度、ウィリーに助けを求めま

した。

ウィリーは地元の行政に働きかけました。彼は行政に、ジュ

ベルソンの失われた命のこと、そして村びとがラ・ショーン村

に学校を建てるために力を合わせ、その結果子どもたちが

川を渡らずに済むようになったことを伝えました。2012年に、

ウィリーはラ・ショーン村の村びと重要な目標を達成しました。

学校が正式に行政によって認められました。教師の給与を行

政側で負担するころになったのです。

 

 

2015年、ウィリーの根強い教育を受ける権利の擁護活動

が縁となり、WEチャリティー(フリー・ザ・チルドレン)との共

同事業が行われることになりました。WEチャリティーの包括

的で持続的な開発モデルは、教育への壁をなくし、人々を貧

困から救うことを目指しています。とりわけ、ハイチでは、農村

部、迫害を受けた人々、孤児などの支援に尽力しています。当

団体は、インフラ整備の質の高さ(WEチャリティーでは建設の際、

耐震技術を取り入れたデザインを使っています)と実効性のある計

画作成により、ハイチで評価されています。

 

WEチャリティーは、新しいパートナーとなってくれる村を探し

ていて、行政側に接触しました。地元当局は、村における差

し迫ったニーズが、WEチャリティーのノウハウを通じてと満た

されることを期待して、ラ・ショーン村を勧めました。

 

WEチャリティーのチームは、ウィリーとジュルナーに会い、

学校の沿革を知ると、すぐに共同事業を始めました。2016

年に、各国からの寄付に支えられて、新しい学校の建設が

始まりました。今度は、電気がつけられ、防水シートではな

くレンガでできた学校です。屋根が洗い流される心配もあり

ません。内壁は教育に役立つデザインで、外壁は輝いて子

どもたちをひきつけました。

 

入学者数は増え続けています。新しい学校には500人

以上が入れるようになります。そして、それは村の誇り

にもなっています。


「学校の外観の綺麗さは、教室の中で起きていることの素

晴らしさを象徴しています」ウィリーは言います。「外側から

見た景色は変わりました。学校を外から見ると、価値のある

ことがここで起きているのが分かります」

 

ユデラインは6年生で、ジュルナーの末娘です。ある月曜日

の放課後、ユデラインは台所のテーブルで宿題をしていまし

た。玄関の向こうに、明るいピンク色の壁をした新しい学校が

見えます。彼女やクラスメートがもうすぐ通うことになる新しい

教室です。数学が大好きなユデラインは、高校を卒業して大

学に行き、看護師か先生になりたいと思っています。「新しい

教室ができてとても嬉しいです」彼女はお兄さんの死がきっか

けでできた新しい学校について言います。

 

 

 

ウィリーは言います、「私たちはジュベルソンを活動家だと

思っています。彼の生き様、そして最期がそれを物語って

います。この学校は彼の遺産だと思っています」

 

ラ・ショーン村にいる子どもたちのおおよそ60%は学校に通

っています。WEチャリティーは、グランモン・テ・ニューという

親向けのプログラムを始めました。このプログラムは、子ど

もを学校に通わせたいけれど困難を抱えている親のために、

ヤギの飼育を通した収入の機会の提供や、リーダーシップトレ

ーニングを行っています。特に、学校に行く機会のなかった親

に合わせてプログラムは計画されています。

 

「私のような教育を受けたことのない人間なんて、なんにも

知らなくてなんの取り柄もないですからねえ。」ジュルナー

自身はこう言います。

 

しかし、それは事実ではありません。ジュルナーは学校に通

えませんでしたが、教育の重要性を多くの人に伝えました。

そして、愛する家族を失うという耐えがたい悲劇を経験しな

がら、村の未来、そして村びとの未来に永遠に貢献し続け

る遺産を築き上げたのです。

 

(原文記事執筆:ワンダ・オブライエン 翻訳:翻訳チーム 

明畠加苗 文責:清田健介)


尊敬する祖母への手紙

今回は、キサルニ女子学校のジャーナリズム部の部員マー

シーが、祖母(現地語ではゴゴ)に宛てた手紙を紹介します。

祖母は、孫であるマーシーにとってかけがえのない家族であ

り、教育を受ける権利の擁護者としても心強い存在です。(清田)
 
https://www.we.org/stories/female-student-in-kenya-writes-letter-to-grandmother-for-journalism-club/


 

親愛なるゴゴへ

 

ゴゴは、私の一番の人生のお手本です。

長期休暇に帰省したときはいつも、ゴゴの育ちや今まで

の話を聞かせてくれてありがとう。11歳で割礼と決められ

た結婚をさせられた時の話を聞くと、いつも泣きそうになっ

てしまうのだけど、ゴゴは本当にすごい人だなと思うんだ。

 

割礼と結婚の日程が決まってから、ゴゴは何度も逃げよう

としたんだよね。でも、お父さんに家の中に閉じ込められて

しまった。そして次の日に、老女が家に来て全ての儀式を

執り行ってしまった。ゴゴは途中で何度も、やめてほしいと

お父さんとお母さんにお願いしたのに、聞き入れてもらえな

かったんだよね。

 

割礼が行われてすぐに、ゴゴは2倍ほど歳の離れた男の人

と結婚させられた。一晩中泣いたんだよね。16歳で私のお

母さんを産んだとき、娘には自分と同じ道は歩ませまいと

誓った。

 

お母さんには教育を受けさせようと心に決めた。十分なお

金があったわけではなかったけど、少なくとも小学校卒業

まではと、頑張ってくれたんだよね。お母さんは中学には

進学しなかったけれど、ゴゴと同じように教育を受ける大

切さは感じたみたい。だから、お母さんもまた、私には中

学まで進学させようと思ってくれた。

 

ゴゴに、私がキサルニ女子学校に合格したと報告すると、踊っ

て喜んでくれて、プレゼントまでくれたよね。

 

ゴゴは、学校について色々聞いてくれる。いつか実際に学

校に来て、様子を見てもらえたら嬉しいな。それまでは、学

校って本当に素晴らし場所だってことを、私がゴゴにしっか

り伝えるね。学校の中で、一番のお気に入りの場所は図書

館。授業はどれも面白いよ!特に好きな教科は英語。ジャ

ーナリズム部で活動していて、とてもいい経験をさせてもら

っています。

 

こんなに素晴らしい学校に進学させてくれて本当にありがと

う。お母さんが私の教育に熱心になってくれるのも、ゴゴの

おかげです。

 

あなたの孫
 

マーシーより


(原文記事執筆: マーシー・チェプコエチ 翻訳:翻訳チーム 
藤井優美 文責:清田健介)

 


【今日は何の日?】7月18日:ネルソンマンデラ国際デー/Nelson Mandela International Day

 

 南アフリカ発の黒人大統領となったネルソン・マンデラ。

彼の反アパルトヘイト(人種隔離)運動は社会に大きな影響を与えました。

彼の人類への貢献を記念して、マンデラ氏の誕生日の7/18がネルソン・マンデラデーとされました。

 

アパルトヘイトとは?ネルソン・マンデラはどういった取り組みをしたのでしょうか?

 

答えはこちらをクリック!

 

 

あなたも一緒に、国際デーについて考え、

世界で起きている問題に思いをはせてみませんか?

 

国連広報センターでは、

↓ネルソン・マンデラの足跡を追ったドキュメンタリーをYoutubeで公開しています。↓

https://youtu.be/uxqwTEsiCMo

 

 

 

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フリー・ザ・チルドレン・ジャパンでは、国連で定められている「国際デー」

などを参考に、1枚10分以内で考えられる無料の教材を作成しました。

                                       

↓こちらのリンクからご覧いただけます。↓

http://www.ftcj.com/get-educated/material_internationalday.html  

                                       

ディスカッションのテーマとして、子どもが国際に興味を持つきかっけに、

授業の冒頭での活用など、沢山の場面でご活用ください!


フィリピンチーム チョコレートプロジェクト2017-2018完了のお知らせ

フィリピンチームから、2017年度の活動のご報告と、2018年度の新メンバーの募集です。

 

メディア掲載情報でもお伝えしましたが、
フィリピンチームが実施していた「チョコレートプロジェクト2017-2018」は、
おかげさまでチョコレートNgitiの完売をもってプロジェクトを終了しました!

【販売実績(2017年12月〜2018年5月)】

Ngiti 2,555個

 

このプロジェクトには、20人以上の小学生〜大学生が参加をしました。
2017年10月から、商品の企画・デザイン・パッキング・販売まで行い、
目標に対し販売数が追い付かず、途中苦しい思いをした時期もありましたが、
沢山の方の温かいお気持ちにより、無事完売することが出来ました。

(5月27日 三鷹商店街で最後のNgiti購入者様と)

 

チョコレートNgitiは、1つ250円(3粒入り)で販売し、
価格の60%である150円を、
フィリピンミンダナオ島マラウィ避難民の復興支援に寄付するものです。
復興支援について:http://www.ftcj.com/donate/emergency/emergency_2017ph

商品購入だけでなくご寄付のご協力も頂き、
このプロジェクトを通じ、全部で53万円の寄付が集まりました。
本当にありがとうございます!

先月、約500人の避難民の子ども達に、

ノートや鉛筆、歯ブラシやタオルなどを詰めたパッケージを提供しました。
詳しい復興支援の実施内容については、別途報告させて頂きます。


●メンバーの声

*Aさん(現・高校3年生)
全てがスムーズにいくわけじゃないからこそ、達成した時の嬉しさは大きかった。プロジェクトの最初から最後まで活動することや、実際の販売の経験は貴重だと思う。はじめは興味を持ってくれなくても、一生懸命話したら真剣に話を聞き購入してくれた。
活動を通じ、プロジェクトメンバーやフリー・ザ・チルドレン・ジャパン事務局スタッフ、お客さんやご協力いただける方など、本当に沢山の素敵な人達との出会いがあった。この出会いだけでも、参加の意味はあると思う!
学校で経験できない事が沢山あるので、ぜひみんなにも挑戦してもらいたいです!

*Kさん(現・小学校6年生)
売り切れるか不安だったけど、新聞にも取り上てもらい、ラッキーだった。
今回のチョコプロとしては、反省すべき部分もあったので、改善して2018年度も頑張りたい。
是非、マラウィ避難民の人たちの事も引き続き考えてもらえたら嬉しいです。

 

【販売場所】
・フリー・ザ・チルドレン・ジャパン オンラインストア(http://ftcj.ocnk.net/
・フリー・ザ・チルドレン・ジャパン オフィス
・マロニエゲート銀座2 バレンタイン特設会場
・阪急うめだ本店 NPOフェスティバル
・ワン・ワールド・フェスティバル
・東京新聞本社 社員食堂
・EF留学フェア 
・新宿タカシマヤ 食育プチマルシェ
・三鷹商店街 Mマルシェ
・東金桜まつり
・Weunion Day!
・WE Ceremony
・日本聖公会東京教区真光教会
・カトリック成城教会

【販売協力】
・明治学院高等学校 フリー・ザ・チルドレン部
・山梨大学・山梨県立大学 学生が創る cafe flat

【メディア掲載】

・読売中高生新聞 2月9日

・東京新聞(都心版)4月23日

・東京新聞(都心版)6月15日

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\2018年度 フィリピンチーム メンバー募集!!/

 

2017年度のフィリピンチームの活動は、
チョコレートプロジェクトに加え、
ヘナタトゥーやボディー・フェイスペイントの実施、
フェアトレード商品の販売をしました。

 

2018年度は、街頭募金活動・クラウドファンディングなどにも挑戦したいと考えています。現在は、支援先のプロジェクトを選定中です。
メンバーの好きな事を活かしたクリエイティブな活動をしていきたいと思っています!私たちと一緒に活動しませんか?ご参加お待ちしています!

 

<こんな人大歓迎!>
・年齢不問!現在、小学生〜大学生まで幅広いメンバーが活動中です
・国際協力に興味がある人
・自らアクションを起こしたい人
・フィリピンが好きな人
・挑戦する気持ちがある人
・貴重な経験をしたい人

 

◆定例活動◆
日曜日 14時〜17時
(場所:フリー・ザ・チルドレン・ジャパン事務局/千歳烏山駅)
※メンバーの予定を確認し、実施する日を決定しています。
※忙しくて・地方在住で事務所になかなか来られない場合もOK! オンラインでアイディア出しにぜひ参加してください!

 

【チームへの参加方法】

STEP 1. メンバー登録(フリー・ザ・チルドレン・ジャパンのメンバー登録をまだしていない場合)
http://www.ftcj.com/get-involved/member/account/child/member.html

STEP 2. チーム登録
https://ws.formzu.net/fgen/S28258916/

 


情けは人のためならず

「人を助けたい」という想いを持って行動を起こすとき、私た

ちは誰かを助けてあげようと思いがちですが、行動を起こす

ことで、私たちが学ぶこと、助けられることもたくさんあります。

今回は、そんな体験を糧にしている若者を紹介します。(清田)
 

https://www.we.org/stories/b-c-elementary-school-students-give-back-to-local-community-and-global-community-through-we-schools/

 


 

2016年暮れ、シリアのアレッポに爆弾が落とされた日、勇

気ある7歳のシリアの少女は荒廃した地から平和を願って

ツイートしていました。そのツイートは遠く離れたブリティッ

シュコロンビアのサレーに住むもう一人の若い女性の心を捕らえました。

 

ケンブリッジ小学校7年生のイザベラ・レイのクラスでは、シ

リアでの紛争が現地の若者に及ぼす影響について学んで

いました。その日、イザベラは父親のツイッターのアカウン

トにログインして、シリアの少女、バーナ・アベッドにメッセ

ージを送りました。勇敢な少女が発する戦争の恐怖、そし

て困難な状況であっても抱いている若者としての未来への

希望などを発信したツイートがクラスを引きつけていました。
「彼女の話が素晴らしく、彼女の勇気が希望を与えてくれ

たことやクラスの子どもたちが彼女のことを心配している

ことを伝えたかったのです。」とイザベラは言います。
 
次の朝、イザベラはベッドから飛び起きてパソコンに駆け寄

りました。バーナはすでその日5回ツイートしていました。そ

の全てが、ニュースなどとは違う個人の視点からの体験を

綴ったもので、その多くが生々しいものでした。バーナが厳

しい状況に直面していることを知りイザベラの抱いていた希

望は打ち砕かれました。

 

その時、右上の未読メッセージのアイコンに気がつきました。

「そのメッセージを読んで私の目は涙で溢れました。」とイザベ

ラは言います。 「彼女は戦争の真っただ中にいるようには思

えませんでした。まるで私が助けを必要としていて、慰めが必

要な人のようでした。」

 

イザベラはケンブリッジ小学校のWE(フリー・ザ・チルドレン)

クラブでその出来事を伝えました。それは、イザベラがその

日のケンブリッジ小学校WEのクラブでクラスメートと共有し

た教訓でした。「人はたとえどんなことを経験してもそれを乗

り越え、前を向き、他人を支えることができる。」

 

それは教員のレスリー・バーウォッシュが教室で懸命に育

んできたものでもあります。 彼女は10年ほど前に、地球市

民としての考え方を学ぶ授業の中核としてWEを学校に導

入するために尽力しました。彼女はプログラムのカリキュ

ラムの効果を上げるため、生徒を毎年WE Dayへ参加させ

ています。このイベントで彼らは地域の他の学校の良い影

響を受け、翌年の行動計画へのアイデアを得ることができ

ます。
 


 

彼女は生徒の話題になると、イザベラが特別であることを

強調します。「 教室で授業を受けたすべての生徒がバー

ナにメッセージを送るわけではありません。イザベラは特

別ではありますが、他にも彼女のような生徒はたくさんい

ます。」先生は誇らしげに言います。「イニシアティブを発

揮し、周りのものを変えたいと思う生徒がたくさんいます。

それはWEを通じて育まれたものです。子どもたちは本当

に他人を助け、地球に生きる市民としての役割を果たすことを望んでいます。]

 

学校全体の食糧支援事業や、地域社会の貧困に取り

組むために募金活動をしているイザベラが、WEに参加

するきっかけになったのは彼女の家庭環境でした。

 

ケンブリッジの生徒は、WEクラブに加わるために、エッセイを書か

なければなりません。イザベラは一部の生徒が悪戦苦闘していた

ことを覚えていますが、彼女自身にとってはそれほど難しくはあり

ませんでした。
 
彼女は父親から話してもらったことについて書きました。彼

はイランからの移民で、イラン革命とその後のイラクとの戦

争を乗り越えてきました。彼はイザベラと同じ年齢のときに

カナダにやって来ました。まだ彼女の家族にとっては敏感

な話題でしたが、イザベラは父親が直面した不幸な話の断

片をつなぎ合わせました。

 

 数年後、カナダバンクーバーのダウンタウンで彼女の父親

は図書館員になりました。時折り、イザベラは街へのドライ

ブについて行ってイーストヘイスティングスの貧困を目の当

たりにしました。 「私は初めてドライブしたときのことを思い

出します。そして、私は何がそこで起きているかについて、

両親に尋ねました。」と思い出して暗い表情で話します。
 「パパが、私がドライブで見た人たちがしているのと同じ

苦労をしたことがあるということを知って衝撃を受けました。」

 

その経験をエッセイにイザベラは活かしました。

エッセイを書いたことで彼女はWEクラブに入ることができま

した。彼女は14人の有望なチェンジメーカーとともに多文化

主義をテーマとするイベントを催し、偏見や人種差別の問題

を考えました。地域で食糧を必要としている人への支援活動

を行ったり、WEの国際開発プロジェクトのための募金活動を

行いました。

 

これらの活動がイザベラのような生徒に良い効果をもたら

すのは明らかです。 「私は幼い頃、いつも『私は他人を助

けたい』と言っていました WEは私にとても多くの機会を与

えてくれてきました。」

 

(原文記事執筆: ジェシー・ミンツ  翻訳:翻訳チーム   

文責:清田健介)


【さしこ@アンバサダー2018】Vol.3 言い訳としてのチャリティ

こんにちは、さしこです。

今回は、「チャリティ」という言葉について語りたいと思います!
日本で言うと、フリー・ザ・チルドレンでできるような活動は、「募金活動」「寄付」や「ボランティア」といった言葉で表されると思います。この表現だと、自分が楽しくてしているアクションが大げさに聞こえるなあ、と思った時に私が好んで使うのが「チャリティ」です。日本では、チャリティマラソンがメジャーですね。ランナーさんが出走することでテーマの啓発に繋がったり、参加費が寄付に繋がる仕組みです。チャリティイベントの歴史が長い外国の例を調べてみたところ、面白そうなものが沢山見つかったので、紹介していきたいと思います。

まず、オーストラリアの「40Hfamine(40時間飢餓)」。

バックパックに詰められるだけの物資で過ごす、裏庭で寝泊まりする、利き手を使わない、床で寝る、など難民になれば陥るかもしれない状況を体感するため自分で目標を設定し、40時間過ごそうというチャレンジです。「チャレンジをするので応援して下さい」と友人・家族にスポンサーになってもらい、集まった額を寄付します。友達や家族と一緒にしてみても楽しそうですよね。

また、学校では生徒や先生を巻き込みチャリティイベントは大盛り上がり。

例えば、ガムテープだけでできるチャリティ。仕組みはシンプル!テープを1本1ドルで購入し、みんなで先生を壁に貼り付けるんです。他にも、「先生にパイ投げをする権利」を宝くじ形式で売るというものもありました。めっさいいやんと思い学校の先生に提案したところ全力で拒否されました。残念。


またアメリカのある学校で、ご高齢の校長先生が毎年「〇〇だけ寄付が集まれば〇〇をします」と宣言し、目標額を上回ると公約通りぶっとんだチャレンジをしていらっしゃいます。ある年はスカイダイビングに挑戦し、ある年はタトゥーを入れ、ある年は一日鶏の格好で過ごし(会議も)…すごいですね。
学校ならではの発想で、あちこちの先生方が体を貼っていらっしゃり尊敬します。生徒側もこういったチャレンジしたがりそうですね。 

私もこういうイベントがしたくて、先日仲間内でバブルチャリティなるものをしました。(環境保護や動物実験反対の啓発、難民支援の講演会など、エシカル企業としても知られる)某石鹸ブランドの商品を泡だてて遊び、参加費を寄付として集めました。エシカル企業について知ることができましたし、何よりすごく楽しかったです!

私は、参加者側も意欲的に社会問題について考え、解決に関われるwin-winな取り組みが大好きです。「楽しみの言い訳としての」チャリティを、日本でももっと広めたいなと思います。みなさんもこうしたアイデアを参考にして、友達内や学校でできるチャリティを考えてみてはいかがでしょうか?


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【今日は何の日?】7/11は世界人口デー

\参加者募集中!/07/21@横浜 中高生のための食料フォーラム

メディア掲載:東京新聞で寄附付きチョコレートについて掲載いただきました。

【さしこ@アンバサダー2018】Vol.2  中学3年生フィリピンスタディーツアーへの参加

 

 

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